復讐心だけでは、自分の心は救われないーー『陰陽師と天狗眼』に込められた、生きづらさを抱える人へのメッセージ

公務員陰陽師とフリーの山伏がタッグを組み、あやかしにまつわる事件を解決する。コミカライズもされた『陰陽師と天狗眼』(歌峰由子著・ことのは文庫)は、異色のコンビが活躍するもののけバディファンタジーだ。最新巻の『陰陽師と天狗眼 ―クシナダ異聞・女神の章―』は、上下巻というボリュームで展開された「クシナダ異聞」編の完結巻。シリーズ屈指の大事件とともに、二人を取り巻く“普通の人々”の姿や葛藤にも切り込んだ名エピソードを中心に本作を紹介したい。
一般人の生きづらさにもフォーカス

怪異と隣り合わせの広島県巴市の市役所には、「特殊自然災害係」(通称もののけトラブル係)という全国でも珍しいオカルト対策の部署が設置されている。宮澤美郷は陰陽師の名門の出身ながらとある事情で実家と絶縁し、巴市の市役所に就職した。転居早々トラブルに見舞われた美郷は、住む家がないという窮地をチンピラ風の山伏・狩野怜路に助けられ、彼の家で下宿を始める。天狗に育てられた過去を持つ怜路と、高校時代に蟲毒を送りつけられ、蛇を喰らうことで生き延びた美郷。うつし世と異界のはざまに立つ二人は、さまざまな事件を解決する中で友情を育み、巴市で居場所を見つけていくのであった。
今回取り上げる「クシナダ異聞」は、個性豊かなキャラクターとバディものの醍醐味である強い絆、そして広島の伝承を下敷きにした民俗学やオカルト要素という、シリーズの魅力が凝縮されたストーリーに仕上がっている。さらに、従来は美郷と怜路中心だった話も、美郷の高校時代の友人で特殊自然災害係に異動した広瀬、そして事件を手伝う大学生・由紀子にもフォーカスした群像劇として展開。異能を持たない一般人にも光を当てることで、社会的な抑圧や生きづらさなど、私たちにとっても身近で切実な問題を掬い上げてみせた。
「クシナダ異聞」の舞台は、巴市に隣接する安芸鷹田市。美郷と怜路、そして一般職員として二人をサポートする広瀬の三人は、安芸鷹田市から応援要請を受けて「脱走した神楽面の捕獲」を請け負った。広島神楽を研究する大学生の由紀子も助っ人として加わり事件の解明を進めるも、神楽面には怨鬼がついており作業は難航。鬼女の面は心に不満を抱えた人に取り憑き、一般市民を巻き込んだ大騒動を巻き起こすが――。
『陰陽師と天狗眼 ―クシナダ異聞・女神の章―』は、鬼女の面を取り逃がす失態をみせたもののけトラブル係のリベンジを主軸に、さまざまな立場にある人々の姿や悩みを描き出す。本巻でとりわけ印象深く、自分自身と境遇を重ねて感情移入したのが由紀子だった。地方在住で優等生の由紀子は、自分がやりたいことよりも周囲や家族の期待に応える選択を選び続けてきた。まっとうでありたいと願うあまり己を抑圧し、社会が求める女性像を内面化してきた由紀子は、徐々に追い詰められて鬼女の面に取り憑かれてしまう。彼女が感じる絶望や息苦しさは、社会の中で生きる我々にとっても他人事ではない。女性の生きづらさや苦しさに真正面から向き合い、人生の先輩が体験をもとにアドバイスをする場面では、思わず目頭が熱くなった。事件を通じて己を呪いから解き放ち、一歩前に進む由紀子の姿は私たちにとっても希望となるだろう。