水原一平のドラマ、本人にギャラは入るのか? 映画ジャーナリスト・宇野維正に聞く、映像化の難点

水原一平のドラマ、本人にギャラは入る?

 大谷翔平の元通訳・水原一平の賭博スキャンダルをめぐり、米国でドラマシリーズ化が正式決定したとする報道が注目を集めている。ドラマは米ライオンズゲート傘下のケーブルテレビ局「Starz」にて制作される予定で、『ワイルド・スピード』シリーズを手がけたジャスティン・リンが監督・共同脚本・エグゼクティブプロデューサーに就任。製作総指揮&ショーランナーを務めるのは、ナイキの「エア ジョーダン」誕生秘話を描いた映画『AIR/エア』のアレックス・コンヴェリーで、ジャスティン監督と共同で、脚本も執筆するとのことだ。

 『ハリウッド映画の終焉』(集英社新書)や『映画興行分析』(blueprint)などの著作を持つ映画ジャーナリストの宇野維正氏に、同企画が実現する可能性や、スタッフィングのポイント、日本での視聴環境などについて、論点を整理してもらった。

「今回の報道について強調したいのは、あくまでも“開発中”の段階であるということ。アメリカの映像業界の“あるある”ですが、『AKIRA』や『君の名は。』の実写版のように権利だけが延々とたらい回しにされて実現しないという可能性はまだあります。実際に撮影に入って初めて、“ほぼ完成まで行くだろう”という感じなので、現時点ではあまり過度に期待しない方がいいかもしれません」

 また、ジャスティン・リンが参加することについても、冷静に見る必要があると宇野氏は続ける。

「今回、ジャスティン・リンが監督・共同脚本・エグゼクティブプロデューサーに就任したと報じられていますが、テレビシリーズというものはシリーズ全体を統括するショーランナーのものなので、ジャスティン・リンが手がける部分は限定的でしょう。もちろん、何話かは撮るでしょうが、全エピソードを監督する可能性は低いと思います。また、ジャスティン・リンは『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』で日本を舞台にした経験がありますが、日本人の役にアジア系アメリカ人をたくさんキャスティングしていたこともあり、日本人の役=日本人とは限らないという懸念もあります。『ワイルド・スピード』シリーズの人気作を手がけてきた監督というネームバリューはありますが、近年では『ワイルド・スピード/ファイヤーブースト』(2023年)の監督を制作途中で降板しており、その意味でも少し不安です」

 日本人が関わる題材だからこそ、「どの解像度で描かれるのか」「キャストがどう組まれるのか」は、今後の注目点になりそうだ。

 一方、宇野氏が最も期待を寄せたのは、脚本・制作総指揮・ショーランナーとして名前が挙がったアレックス・コンヴェリーだという。

「『AIR/エア』は非常にシャープな視点でスポーツビジネスを描いた傑作で、同じようなテーマを扱った映画では五本の指に入るくらい。スポーツを単なる“勝敗のドラマ”ではなく、ビジネスとして描き切れる書き手が制作の中核にいることは心強いです。スポーツと金、契約、信用が絡む水原一平氏をめぐる事件をドラマ化する上で、たしかに適任者といえるでしょう。未見の人は、ぜひ『AIR/エア』を観てほしいです」

 多くの人が気にするであろう「ドラマ化で水原一平氏にギャラが入るのか」という点について、宇野氏は慎重だ。

「水原一平氏にギャラが入るのか否かは、契約の問題だから分からないですが、元アメリカンフットボール選手のO・J・シンプソンによる殺人疑惑を題材としたテレビシリーズやドキュメンタリーがたくさん作られてきたものの、O・J・シンプソン自身に多額のギャラが入ったという話は聞きません。ただ、現在報道されている内容だけで判断することはできませんが、もし当人が本作の制作に“協力”する形になれば、ギャラが入る可能性もあるでしょう」

 企画が実現したとして、次に立ちはだかるのは視聴環境だ。宇野氏は、放送・配信プラットフォームの流動性を踏まえ、こう語る。

「STARZは日本で独自のプラットフォームを持ってないので、どこかを経由することでしか見られません。完成していつ配信されるか分からないし、リアルタイムで見れるかどうかも分かりません。多くの日本人が関心を持っている題材なので、国内の放送局が買い付ける可能性はありますが、現在の市況を踏まえるとかつてほど潤沢に予算があるわけではないので、おそらくAmazonプライム・ビデオなど配信サービスのどこかで放映されるのではないでしょうか」

 制作の確度、描写の解像度、当事者の扱い、そして日本での届け方ーーセンセーショナルに消費されがちな「事件のドラマ化」だが、現実の産業として捉え直す場合、まだ越えるべきハードルは少なくなさそうだ。

■書籍情報
『映画興行分析』
著者:宇野維正
発売日:2024年7月3日 ※発売日は地域によって異なる場合がございます。
価格:本体3,500円(税込価格3,850円)
出版社:株式会社blueprint
判型/頁数:A5/528頁
ISBN 978-4-909852-53-3 C0074

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる