AI時代にこそ「自分で文章を書く技術」が必要な理由とは? ワンパブ社長・松井謙介が語る、コミュニケーションとしてのライティング

ワンパブ社長・松井謙介インタビュー
『会社や学校では教えてくれない 文章力向上の鉄板ルール 生成AI時代にこそ学びたい 自分で文章を書く技術』(マイナビ出版)

 松井謙介の新刊『生成AI時代にこそ学びたい 自分で文章を書く技術』(マイナビ出版)は、タイトルのとおり「伝わる文章術」を伝授するハウツー本だ。ただ、そう聞くと、「いやいや、それこそ文章なんてAIに書かせればいいのでは?」「文章を自分で書くなんて時間のムダだよ」と思う方もいるかもしれない。

 ではなぜ、いま文章術なのか? 松井は雑誌『GetNavi』編集長として発行部数最大記録なども打ち立てた経験を持つ文章のプロであるだけでなく、現在は株式会社ワン・パブリッシングの取締役社長を務めるメディア運営のプロでもある。そんな松井の語る、「いまこそわれわれに求められるスキル」とは。

Web制作の人も書くことで困っている

――このたび刊行された『生成AI時代にこそ学びたい 自分で文章を書く技術』は、雑誌『Web Designing』で2020年冬から約4年続いた連載をもとにしたものです。Web制作の雑誌で文章術の連載というのは珍しい組み合わせにも思えますが、企画はどのように決まったのですか?

松井謙介(以下、松井):『Web Designing』が毎年やっているアンケート企画の記事を見て、内容を提案しました。「Web制作者に必要なスキルはなんですか?」という質問に対し、AIスキル・コーディングなどと並んで意外と「文章力」という回答があったのが印象的だったからです。「じつはWeb制作の人も書くことで困っているんだな」と思いました。

 さらに、当時はコロナ禍が始まったタイミングでもあったので、「人と会わなくなったからこそコミュニケーションにおける文章の比重がいっそう大きくなる」という思いもありました。リモートワークが一般化したこともあって、メールやチャットを含めるといまも仕事の半分以上は文章を書くことだという人も多い。コミュニケーションツールとして文章を書くスキルは、どんな仕事をする人にとっても必須です。そんな経緯もあって、スタート時のタイトルには「非接触時代の」という言葉を入れていましたね。

――それに対して、今回の書籍タイトルには『生成AI時代にこそ学びたい』と入っています。生成AIが話題になったのは、連載が始まってしばらく経ってからですよね。AIがどんどん進化していく状況のなかで文章術について連載するというのは、どのような体験でしたか。

松井:率直に言って、とても難しかったです(笑)。2023年ごろから生成AIがすごいという話になり、みんながAIで文章を書き出す流れが始まったので、連載にもすこしずつAIの話を入れていきました。ただ、「AIを活用した文章ライティング」のようなノウハウを提供している本はほかにたくさんあるので、そちらで勝負するのではなく、「基本的な文章の書き方」に特化しようとは思っていました。

――ということは、AIが出てきても文章を書くことの基本は変わらないとお考えですか?

松井:はい。これは、2023年に編集者として『生成AI導入の教科書』(ワン・パブリッシング)という本を作った経験とも関係します。Webメディア「AINOW」の編集長・小澤健祐(おざけん)さんに書いてもらったもので、彼は300ページ弱のこの本をほとんどChatGPTで書きました。珍しい書き方をしたことがバズって取材もたくさん入り、実際売上も良かった。「もう生成AIで本が書ける時代になったんだな」と思いました。

 ただ、他方でその文章にはまだAIっぽさが残っているところもありました。なぜそう感じるか考えると、「私はこう思った」という筆者の主観や感情の部分が、文章表現からはどうしても抜けがちになってしまっていた。もちろん小澤さんの考えを表した文章なのですが、AIで書くことにより、その『小澤さん感』が薄れてしまっていたんです。このように、やはりAIが書いた文章には「これは一体だれが書いた文章なんだろう?」という感覚がつきまとう。「私はこう感じた」「私はこうしてほしい」といった、送信者と受信者の関係のうえに成り立つ文章はやはり人にしか書けないのではないか、と。

 いま私は仕事でAIをバリバリ使っていますが、文章をゼロイチ(ゼロからイチを生み出す)で作るときには使いません。文章の仕事でAIを使うのは、主に二つのケース。ひとつは校正の段階。つまり、文章に誤字・脱字がないか、あるいは今回の本でも重視している「漢字かなの表記統一」がしっかりしているかを確認するために使う。ちなみに、AIのチェックは1回で終わらせるのでなく、同じ文章で5回くらいやったほうが新しい指摘がどんどん出てくるのでおすすめです。

 もうひとつは「文章の変換」です。元ネタ、例えば誰かの取材データなどがある場合はそれをテキストにしてもらうためにAIを使います。また、すでに文章がある場合は、要約や翻訳など、別の体裁に変えるときに重宝していますね。

大事なのは文章を書く前の事前準備

――AIが文章のチェックや要約、音声の文字起こしをしてくれる時代にあっても、イチから文章を書くときはまず自分が書きたい内容がしっかりあるかどうかが大事だということですね。この本でも、具体的なテクニック紹介より先に「書く前の準備が終わった段階で、文章は90%完成している」と書かれています。

松井:はい、執筆前準備の話に全4章のうちほぼ1章を割きました。そのなかで準備を、①情報収集、②分析、③企画の3つの段階に分けて考えているのですが、書けない人は情報収集と分析をちゃんとせずになんとなく企画して書きはじめてしまうパターンが多い。たとえばこの取材で言えば、事前に本を読んで「こんなことが書いてある。特徴はこうだな」というのが情報収集と分析です。そのうえでようやく「ここを突っ込んで質問してみよう」という企画が生まれる。本を読まずに本の取材をしたら、流石にとんちんかんなことになってしまうでしょう? それは文章の執筆でも同じことです。

――なるほど。ではこの本について情報収集をしたうえで分析すると、最大の特徴は各章で紹介されているテクニックがとにかく具体的で豊富なことだと思います。たとえば、「一文は60文字以内がよい」や「漢字とひらがなは3:7のバランスを目指す」といったガイドラインですね。松井さんは編集者として著者の原稿に赤字(修正の提案)を入れるとき、「英語的に文法を指摘するので、直す方向性が明確でわかりやすいと言われる」とも書かれていました。

松井:そうなんです。編集の仕事をしながら、具体的なルールをすこしずつまとめてこの本の元となるWordファイルをいくつか作っていましたね。もちろん、連載や書籍化をとおしてそれを体系化したり、そこに新しいルールを足したりもしていきました。

 その体系化の作業をとおして、全体をうまく4章に分けられたのには満足しています。まずは準備、次に執筆の総論、文法事項、最後はより細かいディテールと、大きな話から小さいところに入っていくかたちにできた。本のなかでも、文章の論理構成について「大視点(マクロ)から小視点(ミクロ)へ」という原則を書いているので、本全体がそうなっていることで説得力も増すかなと思っています。

――文章執筆のパートで最初に出てくる大視点=最も基本的なルールは、「読者視点に立つ」というものでした。これはどういうことでしょうか。

松井:逆に読者視点に立てていない、悪い例を挙げたほうがわかりやすいと思います。私は自治体や官公庁が出す「A案件の入札について」のような公告文書を会社の仕事で見ることがあるのですが、これを理解するのがすごく苦手なんですよ。なぜなら、「◯◯です。ただし、こういう条件では××になります」といった但し書きがやたらたくさんついているから。これは、書き手が「書いていることに間違いがないように」という視点だけで書いていて、「読み手に理解してもらう」ということを考えていないから起こることです。役所の場合は間違いのないことがとても大事なので、この本でそれを改善することはできないかもしれないですが、世のなかにある一般的な文章も意外とそうなっていることは多い。

 読者視点をもうすこし具体的なレベルに落とすと、たとえば「カタカナ語の使い方をどうするか」といった問題になります。カタカナ語は多すぎても少なすぎても読みづらい。どうするかの判断基準を一言でいうなら、「読み手のリテラシーにあわせる」になります。たとえば、「シナジー」という言葉は日本語にすると「協働による相乗効果」くらいになると思うのですが、今の時代だと日本語のほうがわかりにくく、「シナジー」の方が直感的に理解できる、というケースのほうが多いでしょう。でもその一方で、もし子ども向けの本に書くのであれば、そのどちらでもなく「いっしょに働いてがんばること」と書いたほうがいい。

 つまり、伝わる文章の大原則は「読者がだれかを考えて書くこと」です。これが、さきほど挙げてもらった一文の長さや漢字とひらがなの比率を考えるときにも根本にあります。

「中学生でも読めそう」ーー読みやすさの秘訣は

――なるほど。ほかにもたくさんあるルールについては読者に実際に読んでもらうとして、各パート末尾にルールのまとめや表がついているのも便利だと思いました。一読したあともそれぞれのところに付箋を貼れば「いつでも手元において使い倒せる本」になっています。

松井:それが一番嬉しいです。ぜひ付箋を貼ったりページを折ったりして使い込んでもらいたい。それぞれの表も、究極的には「その箇所だけ見ても意味がある」ものにしようと考えて構成しました。図解イラストもたくさん入れています。連載時からイラストレーターの村林タカノブさんに「ここでこういうイラストを入れてほしい」と指示を出していたので、ツーカーで意図を汲んだものを作ってくれたんです。

 くわえて、世のなかに数多ある文章本ではテクニックや考え方の紹介に割かれる比重が大きく、例文が少ないと思っていたので、そこも意識しました。とくに、ダメな例文もちゃんと出して、「それをこう良くしたらこうなるよ」と示すのが一番わかりやすいはずだと。

――ダメな例文を文中にしれっと紛れ込ませ、「ここが読みづらかったでしょ?」とあとで種明かしをする高度な遊びもされていますよね。そこもふくめてこの本にはある種の自虐ネタ的なユーモアもたくさんちりばめられていて、本自体としてもスルスル読めてしまいました。

松井:周囲からも「読みやすい」という感想をもらうことが多いです。「良い意味で中学生の息子でも読めそうだ」と言ってくれる人もいました。

 自虐ネタについては、完全にこれまで読んできたものの影響ですね。20代のときから、いわゆるコラムニストと呼ばれる人の文章が好きでした。みうらじゅんさん、リリー・フランキーさん、ナンシー関さん、宮沢章夫さんといった人たちの書く「とにかく面白い文章」を、雑誌でも書籍でもとにかく片っぱしから読んでいた。彼らの文章のノリを、無意識的にマネているのかもしれません。

 一般論として、その人らしいセンスのある文章を書くうえで大事なのは「好きな作家を見つけること」です。それはなにも文豪でなくてもよくて、それこそだれかのブログや会社の先輩のメールでも、「この人の書く文章が好きだな」というのを見つけて読みまくり、そのノリをマネるということですね。

――好きな文章のマネから、その人にしか出せないセンスが生まれてくる。それこそ本のタイトルにもなっている「生成AI時代にこそ学びたい」ことですね。

松井:そのとおりです。私は最近、AIを使うことで似たようなコンテンツが増えてしまうのではないか、ということが気になっています。一緒に仕事をしているメーカーに聞くと、企画のコンペをやったときに代理店が持ってくるものが互いに似ていることがすごく増えたそうです。理由はおそらく、「こういう与件でいい企画を考えてください」とAIに入れるところから立案を始める人が多いから。そして、それを「正解」として強く意識してしまう。なので、まずAIに入れる前に自分で一回考えてみることが、クリエイティブな仕事では大事になってくると思います。

 いろいろな企業で、「なかなか企画が考えられない」という悩みを抱えている人は多いはずです。逆に今回の本でターゲットにしている「ちゃんと伝わる文章が書けない」という問題は、じつはだれかに指摘してもらわないと自覚するのが難しいんですけどね。そういう考えもあって文章術と同じように「企画の作り方」のテクニックも自分なりに資料にまとめたりしています。なので、もし続編が作れるくらいこの本が売れたら、『生成AI時代にこそ学びたい 自分で企画を考える技術』を書きたいですね(笑)。

ワン・パブリッシング社長・松井謙介

■書誌情報
『会社や学校では教えてくれない 文章力向上の鉄板ルール 生成AI時代にこそ学びたい 自分で文章を書く技術』
著者:松井謙介
価格:1,980円(税込)
発売日:2025年12月19日
出版社:マイナビ出版

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