料理コラムニスト・山本ゆり×みお『極彩色の食卓』特別対談「食べ物は絶対に救いになる」

山本ゆり×みお『極彩色の食卓』対談

 「心に響く物語に、きっと出逢える。」を掲げるレーベル・ことのは文庫の創刊作品であり代表作のひとつ『極彩色の食卓』シリーズが、6月20日に刊行される第3巻『極彩色の食卓 ホーム・スイート・ホーム』にてついに完結を迎える。

 自分の進むべき道を見失い、自暴自棄になっていた美大生の燕が、ある日、公園で出会った女流画家・律子に拾われ、共同生活を営む中で成長していくこの物語は、作中で燕が作る色鮮やかな料理の数々も魅力的だ。

 キッチンに余っている食材でパッと作り上げられる料理のレシピは、簡単でありながら一工夫が凝らされていて、料理コラムニストの山本ゆりさんのレシピにも通じるものがある。

 実際、山本ゆりさんは本作の第1巻からシリーズのファンだという。そこで今回、同シリーズの著者・みおさんと山本ゆりさんの対談を実現。山本ゆりさんが再現した、作中に登場するサンドイッチをいただきながら、『極彩色の食卓』シリーズの魅力を語り合った。



色だけでなく匂いまで、五感を刺激する物語

山本ゆりさんが再現した『極彩色の食卓』登場のサンドイッチ

山本ゆり(以下、山本):『極彩色の食卓』は料理上手の美大生(燕)が、生活能力ゼロの元天才女流画家(律子)に拾われて……という設定が新鮮で、出会ったことがない物語でした。そもそも食べ物が出てくる本がとても好きで、実際に読んでみて、料理がタイトル通りの鮮やかさで描かれていることに惹かれました。色だけでなく匂いまで伝わってくるようで、五感を刺激するんです。季節の移り変わりも印象に残りますし、本当に美しい絵画を見たような感覚でした。

『極彩色の食卓』(ことのは文庫)

みお:うれしいです! 「料理に関わっている方に読んでいただきたい」と考えていたなかで、山本さんのお料理が燕くんが作っているものにすごく重なるということで、ことのは文庫編集長の佐藤理さんからメールを差し上げたんですよね。

山本:ありがとうございます! 佐藤さんのおすすめで読んで、すごく面白かったので、今では私から色んな人におすすめしています(笑)。律子さんが小悪魔のようなつかめない人で、ファンタジーっぽくもあるけれど、料理においては時短でレンジを使ったり、インスタントラーメンが出てきたり、すごく生活感があって現実的なんですよね。その上で色合いが芸術的で、リアリティとファンタジーの調和がすごいなと思っています。

みお:ありがとうございます。男の子でも簡単に作れるような料理をメインにしようと考えていたので、野菜もお肉も一品に詰め込むようなものが多いですね(笑)。

山本:それがまた良かったです。料理と物語がどんな流れで作られていったのか、とても気になります。

みお:色をテーマに、黄色だったら「たまごかな」というように、まず出したい色から料理を決めて、そこから物語を膨らませていきました。

山本:料理が先だったんですね!

みお:そうなんです。あまりオシャレな西洋料理は似合わないなと思って、作りやすいものを意識しました。自分が作れないものは、たぶん燕くんも作れない(笑)。巻を重ねるごとに燕くんの料理の腕も上がっていきましたが、魚が目の前に丸ごとあったとしても、きっと上手には捌けない。私が普段やっているように小さな魚を割り箸で簡単に捌く、というのも燕くんにはちょっと難しいだろうなと。燕くんもバイトを始めてレパートリーは広がっていますし、丸ごと一匹の巨大な鯛を捌いたりしてほしい、とも考えたのですが、私もできないので(笑)。

山本:でも、燕くんは料理と絵画の共通点も見出していて、三巻に至るまでちゃんと成長している姿に感動しました。それにしても、ご自身が描いているキャラクターでも自由に動かさず「この子はこういうことはできないだろうな」という目線で考えるんですね。律子さんが色がないと食べないから、色から料理を発想する、というのが面白かったです。

みお:「どうしたら律子さんに食べてもらえるだろう」と、燕くんが乗り移ったような感覚で考えていました。ここに緑を入れようとか、赤色が欲しいのでニンジンでも削ってみるか、とか(笑)。

山本ゆり

山本:合同コラボ記念で、いつも私の料理をショートショート(以下、SS)にしていただいていますが、物語の広がりがすごくて、律子さんが絵を描くときみたいだなと思っていました。

みお:今回の記念SS(https://kotonohabunko.jp/special/gokusaishiki/contents/005/)も、山本さんのレシピで過去に一度作っていて、美味しかったから書きたいなと思ったんです。「なんて簡単に作れるんだ!」って感動して(笑)。一番よく作ったのが、第一弾で書かせてもらった、炊飯器で作るとろとろ手羽先。本当に美味しくて、もう10回以上作っていると思います。燕くんも炊飯器やレンジをうまく使って料理をしているんだろうなって。

山本:すごく嬉しいです、ありがとうございます。作中に登場するのは、読んだ人がちゃんと作れる料理なんですよね。分量が書かれていなくても、想像で作れるというか。

みお:家庭料理なので、ざっくりと「味見しながら作ってください」という感じです。

山本:それでいて、キュウリは酢につけて、トマトには砂糖を振っておくとか、いつもちょっとした工夫がある。「色」から考える創作料理だから、身近な食材を使っているのに実際には目にしたことがないような料理も多いですよね。そのなかにはよくあるような失敗もあって、2巻の「カルテットキッチン」で桜が豆乳ラーメンを作るときに、最初にインスタントラーメンの分量通り水を計って、そこにさらに豆乳を加えていたから、「絶対に薄くなる……」と思っていたら、本当に薄味にできてしまったり(笑)。

みお:あれも自分がやった失敗なんです(笑)。

魅力的なキャラクターたち

みお

山本:そんななかでふたりが「家族」のような関係性になっていく姿に感動したのですが、律子さんというキャラクターはどうやって生まれたんですか?

みお:無邪気な天才で、生活能力がないから周りを引っ張り回す……みたいなキャラクターが昔からすごく好きなんです。この作品の前にウェブで書いていたのが「匂い」をテーマにしたお食事小説だったので、次は「色」をテーマにしようと考えたときに、美術家を登場させようと思いました。美大生は変わった人が多いので、燕くんも最初はもっとはっちゃけたキャラクターにしようと思ったのですが、「これでは話が進まない!」と(笑)。そうなると、ちょっと変わった相方がいた方がいいな、というバランスで律子さんが生まれました。逆に燕くんは、より無気力で幸薄そうなキャラクターになっていき、せめて顔だけはイケメンにしようと(笑)。男女だと最後はどうしても恋愛関係になってしまうことが多く、それがいやだったので、年齢を離すことにしました。漫画だと「おばあちゃんと孫」のように見えてしまうかもしれませんが、小説なら違和感もないだろうと。

山本:二人が性格を補い合っているからこそ、面白い関係性になっていますね。律子さんは子どものような人だと思いきや、ふとしたところでちゃんと大人で、思慮深くて踏み込んではいけないところには踏み込まない、品のよさがあるのも素敵なところで。最後はみんながみんなに救われていて、終わり方がすごく好きです。

みお:ありがとうございます。1巻では完結しなかった問題もあり、2巻でも両親のことは解決しなかったので、その積み残しを3巻で残すことなく解決しました。

山本:みんなが集まってくるのも、燕くんの心の動きとちゃんとリンクしていて素晴らしかったです。季節感もとても印象的で、3巻は真夏でしたね。雨のシーンも印象に残っています。

みお:雨だと、そのときだけでも部屋にいてもらえるので、お話が進みやすくて好きなんですよね(笑)。

山本:面白いですね。そんななかで、物語が勝手に進んでいく、ということもあるんですか?

『極彩色の食卓 カルテットキッチン』(ことのは文庫)

みお:そうですね。逆にいうと事前に作ったプロットは参考程度で、そこからビューンと変わっていくことが多くて。例えば、3巻に登場する小学生の誠くんなんて最初は30歳くらいの陶芸家みたいな設定だったんです(笑)。でも、それでは物語が進まないから子どもにして。1巻は「色」をテーマにして。2巻は「音」をテーマにして、3巻は「匂い」をテーマにする、ということは考えていたのですが、それ以外についてはプロットからはずいぶん変わりましたね。燕くんが三角座りをしたまま動かない、と悩んだこともありました。絵の修復師を目指すという話も、後から生まれたものでした。

山本:そういうお仕事があるんだと初めて知りました。

みお:3巻も、高松を舞台にしよう、という大枠はプロット時から変わっていないのですが、瀬戸内海の島々で開催される国際芸術祭「瀬戸内芸術祭」は後から出てきました。3年に1回なのですが、ちょうど今年、開催されていて。1巻はひとつの空間で起きる出来事がすべて、という感じだったので、3巻ではいろんな場所が描けて楽しかったです。

『極彩色の食卓 ホーム・スイート・ホーム』に登場するお菓子「おいり」も用意された

山本:確かに、1巻を読み終えたときはいろんな世界を見せてもらったような、映画を観たような感覚でしたが、3巻でその世界がより広がりましたね。「瀬戸内芸術祭」のお話も出ましたが、アートが大きなテーマになっているなかで、登場人物がそろって食いしん坊なのも面白くて。会計士さんもこんなに食べるんや!って(笑)。

みお:(律子の義理の息子にあたり、画廊を経営している)柏木さんも、作中で細かくは描けなかったのですが、あの気難しいキャラクターで甘いものが大好きだったり。

山本:そうそう! 私の一番好きなキャラクターです。シュッとしているのに可愛らしいところがあって。甘いものが好きなのに、律子さんの前ではブラックコーヒーを我慢して飲む、みたいな(笑)。舞台が広がったことで自然と燕くんと離れて、律子さんが寂しい思いを隠しているのも素敵でした。具体的なネタバレは控えますが、必ずしも幸せな結末にならない小説も多いなかで、燕くんとお父さんの話がきちんと描かれたのがうれしかったです。「全員出てきて、全員幸せになってほしい!」という思いが、本当に自然な形で叶えられていて。

みお:私もいろんな小説を読んで、そういう気持ちがあったんです。小説は小学生のころから書いていたのですが、それもきっかけは絵本の「人魚姫」のエンディングが許せなかったからで。幸せになるパターンもあると思うんですが、私が読んだのは王子との恋が叶わず、海に身を投げて泡になってしまうというお話で。「こんなに身を捧げたのに、泡になるなんてエンディングはない!」と思って、ハッピーエンドを書いたんです(笑)。

山本:すごい! 昨今では二次創作などで既存の物語の結末を変えることもあると思いますが、子どもの頃からそういう遊びをしていたんですね。

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