『魔女は謎解き好きなパン屋さん』『謎の香りはパン屋から』『真夜中のパン屋さん』……日常の謎を描いた食欲を誘う小説3選

おいしいパンと日常の謎を描いた小説3選

土屋うさぎ『謎の香りはパン屋から』(宝島社)

 漫画家志望の大学生・市倉小春は、大阪府豊中市にあるパン屋〈ノスティモ〉でアルバイトをしている。ある日、小春は彼女と同じく〈ノスティモ〉で働いている親友・由貴子に、一緒に行くはずだった舞台のライブビューイングをドタキャンされてしまう。それも、急遽バイトに出ることになったという嘘とともに。小さな違和感から由貴子の嘘に気づいた小春は、彼女の不可解な行動について考える。(「第一章 焦げたクロワッサン」)

 パン屋が舞台の「日常の謎」の近刊と言えば、土屋うさぎ『謎の香りはパン屋から』(宝島社)を思い出す人もいるだろう。第23回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作の本作は、パンとケーキを販売するパン屋〈ノスティモ〉で働く小春が日常で起こる謎を解く連作ミステリだ。

 クロワッサンやシナモロール、チョココロネなど、各章で登場するパンにまつわる歴史や知識にも筆が割かれており、小春が出会う日常の謎とパンの背景が緩やかにつながってすっきりとした読後感を与えてくれる。イギリスの料理コンテスト番組『ブリティッシュ・ベイクオフ』で挿入される食の歴史パートが好きな人にも、本作は刺さるはずだ。

 フランスパンの成形やクープの入れ方など、細やかに描写されるパン作りのディテールや、端々に織り交ぜられた2.5次元舞台やVTuberといった現代らしい要素も読んでいて楽しいポイント。パリッとした食感のパンを一口食べたときの軽やかさを思わせる、読み心地の良いライトミステリだ。

大沼紀子『真夜中のパン屋さん』(ポプラ文庫)

 高校生の篠崎希実は、いつも何かに腹を立てている。それというのも、幼い頃から母によってカッコウの托卵のように様々な家に預けられてきたからだ。この度家出した母の置き手紙の示すままに希実がたどり着いたのは、午後11時から午前5時まで営業しているパン屋「ブランジェリークレバヤシ」。しかし、希実が預けられる予定だった異母姉・暮林美和子は既に亡く、パン屋は美和子の夫・陽介とパン職人・柳弘基が営んでいた。パン屋の2階で暮らし始めた希実は、真夜中にだけ開くパン屋を訪れる客たちと彼らが引き起こす事件に巻き込まれていく……。

 「パン屋が舞台の小説」と聞いてイメージするのは、おいしそうなパンの描写とほっこりと温かい読み味だろう。最後に紹介する大沼紀子『真夜中のパン屋さん』は、そうした読者の期待に応える要素を持ちつつも、現実の苦さにもしっかりと焦点が当てられた物語だ。

 変わった時間にオープンするパン屋を舞台にした本作は、ドラマ化もされた人気シリーズ。一癖も二癖もある登場人物たちはほんの少しどこかが欠けていて、でも完全に歪みきっているわけではない微妙なバランスにある。そうした人が持つ複雑さを描き出す物語はほんの少し苦く、作中で起こる事件は必ずしもはっきり決着がつくわけではない。

 だからこそ、亡き美和子が陽介に語り、後に陽介が希実に語る「囲むべき食卓がなくても、誰が隣にいなくても、平気でかじりつける。おいしいパンは、誰にでも平等においしいだけなんだもの」(『真夜中のパン屋さん 午前0時のレシピ』221p)ということばが胸に沁みる。泣いた後に感じる温かさのような読後感が心に残る、未読ならまずは一冊手に取ってみてほしいシリーズだ。

 今回紹介した3作は、いずれも読む人のおいしい記憶や何気ない日々ともリンクする味わいを持っている。パンの描写だけでなく、パン屋の営業スタイルや店舗レイアウトも様々で、どんな客層をターゲットとする店なのかを想像しながら読み比べるのも楽しい。

 お腹が空いているときに読むと食欲を刺激されて危険だが、そんな悩ましさも「おいしい」小説ならでは。好きなパンやこれから出会うパンに思いを馳せながら、魅力的な物語を楽しんでほしい。

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