江戸時代の大坂と古代エジプトの意外な接点とは? 異色の歴史ファンタジー『青き瞳と異国の蓮』誕生の背景

江戸時代・大坂の唐物屋を舞台に、青い目を持つ若き店主・璃兵衛(りへえ)と、エジプトから来た記憶の欠けた青年・レンがいわくつきの相談を解決する異色の歴史ファンタジー『青き瞳と異国の蓮 いわく、大坂唐物屋に呪いあり』(ことのは文庫)が好評を博している。
唐物屋とは、江戸時代に主に海外からの輸入雑貨などを扱っていた店で、エジプトからはるばる渡ってきたミイラは「万能薬」として売られていたという。この「江戸時代の大坂 × 古代エジプト」という意外性のある組み合わせに着目し、運命をともにする“一蓮托生バディ”の活躍を描いたのが、『青き瞳と異国の蓮』だ。
担当編集者が作品に一目惚れし、書籍化されたという『青き瞳と異国の蓮』。その魅力と制作の背景を、著者の結来月ひろは氏に聞いた。
江戸時代の大坂×古代エジプトの歴史ファンタジー
ーー『青き瞳と異国の蓮』はとてもユニークな設定の歴史ファンタジーです。まず、この設定はどう生まれたのでしょうか。
結来月:もともと歴史モノ、歴史ファンタジーをよく読んでおり、自分でも書いてみたいと考えていました。江戸時代の大坂という舞台設定については、私自身が京都在住で「あえて江戸時代の関西を舞台にした物語を書きたい」という思いがあって。いまの時代でも、関東と関西では料理の味付けも言葉遣いも含めた文化の違いがありますし、それを描けたら面白いのではと。
ーー海外からの輸入品を扱う「唐物屋」にフォーカスしているのも新鮮で、江戸時代にこんな文化があったのか、という驚きがありました。
結来月:もともとは薬屋を舞台にしようと考えていたのですが、調べていくなかで唐物屋というものを見つけまして。異国のもの、当時の変わったものを取り扱っていたお店がある、ということに興味を持ったんです。ネットで調べた内容の情報元として大阪の市立博物館「大阪くらしの今昔館」に行きついて。江戸時代の大坂の街並みを展示しているということで、足を運んで取材させてもらいました。
ーー「ミイラが薬として売買されていた」というような話はなんとなく聞いたことがありますが、それが妖モノとして古代エジブトの知識をとともに物語になると、新鮮な面白さがありました。それだけに執筆に際して苦労もあったのではと。
結来月:そうですね。江戸時代の日本とエジプトという、一見すると接点がなさそうなものをいかに自然につなげるか、ということには苦労しましたし、璃兵衛とレンという二人のキャラクターは出身も背景もギャップがあり、考え方にも大きな違いがあるので、それが細かなセリフからも自然に感じてもらえるように、ということに注意しました。
ーーエジプトについては、もともと興味を持たれていたのでしょうか。
結来月:昔から歴史を紹介するテレビ番組が好きだったこともあり、エジプトの文化もよく取り上げられていたので、ある程度、身近に感じていました。そんななかで、数年前にエジプト関係の大きな展示会に足を運んだのですが、そこに日本でいう仏壇のようなものがあり、それを見たときに、「文化は違っても、亡くなった人を弔う気持ちは同じなんだ」と感じて。そこからさらにエジプトの文化に興味を持つようになったんです。正直、小さい頃はテレビにいきなりミイラが映ると怖かったりもしました(笑)。ただ、死生観は違えど根本にある悼む気持ち、亡くなった後に安らかであってほしいという願いは変わらないということに気づいて、より身近に感じられるようになりましたね。
ーーそんな思いを体現しているバディ、璃兵衛とレンはどのように生まれたのでしょうか。
結来月:璃兵衛はいわくつきの物が好きだという変わった部分がある主人公ですが、単なる変人キャラにはしたくなくて、「なぜそういうものが好きなのか」という背景、芯になる部分をしっかり考えた上で、そこから肉づけしていきました。大坂が舞台ということもあり、最初は関西弁を話させるかどうかで悩んだのですが、璃兵衛が持っているキャラクターのイメージからすると、標準語に近い口調の方が合っていると考えて現在の話し方になっています。結果的に、関西弁を話す幼馴染の富次郎といい対比になってよかったと思っています。
ーー富次郎は大坂という舞台の面白さを感じさせてくれるキャラクターですし、璃兵衛の口調も、彼の背景が明らかになっていくにつれて納得感が生まれますね。
結来月:ありがとうございます。読者の方の感想でも富次郎が好きだと言っていただけて、すごく嬉しいです。もう一人の主人公・レンに関しては、璃兵衛と比べると言葉が少なめのキャラクターで、その分、言動から日本人とは違う独特の価値観を感じ取ってもらえるように、ということを考えました。
ーーレンについてはネタバレにならないよう注意が必要ですが、古代エジプトの感覚を持っていることがしっかり伝わってきますね。さらに、バディものは初挑戦とのことですが、実際に書いてみていかがでしたか。
結来月:とても難しいところはありましたが、璃兵衛とレンというキャラクターがそれぞれ違う価値観を持っているので、相性がいいかと聞かれればそうではなくても、お互いに変わり者で、別々のことを考えるからこそ面白い二人だなと、書いているなかで思うようになりました。考え方の違うバディがあってもいいんじゃないかと思いましたし、「似てないけれど、似ている二人」のように感じていただけたら嬉しいなと。
「魂の在り方」が一つのテーマ
ーー連作短編になっていて、血生臭い事件があったり、ロマンスがあったり、話ごとにテイストが違うのも面白いですね。
結来月:第一話「玉の緒 かんざしを、あなたに」は、メインの二人がどんな考え方を持っているのかを示す、象徴的な物語です。家族が一つのテーマになっており、現代にも通じる普遍的な物語を描けたかなと。第二話「食えぬもの」は少年と少女が主人公の恋愛モノで、第一話が重たかった分、少し軽めでファンタジー要素が強い、ラブコメテイストの話になっています。町の人々が多く登場するので、大坂の独特な賑やかさも感じていただけるかなと。第三話「『緑の怪』」は、今も大河ドラマで話題になっている遊郭をテーマにした話で、華やかな面だけでなく、厳しい現実や実際に働く人々の複雑な感情、悲しみも物語のなかに落とし込もうと考えました。 第四話「ひとでなし」は愛情がテーマになっており、家族、友人と、さまざな形の愛を表現しました。改めて愛について考えてもらえればと思います。
そして最終話となる「青い目、いわく」は、小説サイトにも投稿した話がもとになっており、書籍化のきっかけになったエピソードです。これまでのミステリー、例えば「レンは何者なのか」という真相が一気に解決される話で、こちらを読んでから第一話に戻っていただくと、「ここのやりとりはこういうことだったのか」という発見もあると思います。
ーー確かに、二回読むと細やかに伏線が貼られていることに気付き、理解が深まる構成になっていますね。構成に関しては、担当編集の田中さんからのアドバイスもあったのでしょうか。
田中:最初にお声がけさせていただいたとき、小説投稿サイトには第五話の部分しか掲載されていなかったんです。そこから一緒に作っていきましょうということで、第一話から四話まで、あらためて書き下ろしていただきました。江戸時代と古代エジプトの融合ーーそんなバディはこれまでのキャラクター文芸にありませんでしたし、新感覚の歴史ファンタジーとして楽しめると思っています。
ーー全体を通して、人とのつながりであったり、人が心残りにしていることだったり、あたたかなテーマが流れていると感じました。
結来月:そうですね。「魂の在り方」というのも一つのテーマで、例えば時代や文化によって死生観は違っても、自分の思いや意志というものが、「魂」を構成するものなのではと。自分は生きているなかで何を成し遂げたいのかーーと、考えるきっかけになってくれたら嬉しいですね。
ーーそんなメッセージを届ける読者については、どんな人たちを想定しましたか。
結来月:やはり歴史ファンタジーが好きな方に読んでいただけたらと思いつつ、時代背景は丁寧に描きながらも、逆に歴史が苦手な方にも楽しんでいただけたらと考えて、なるべく難しい単語は使わないように心がけています。
ーーそして、これは「ことのは文庫」の特長ですが、カバーが裏面も含めて一枚絵になっており、一つのアイテムとしても美しいものになっています。

結来月:璃兵衛とレンがとにかくカッコよく描かれていて、物語の中から二人が飛び出してきたような素敵なデザインになっています。タイトルにもある「青」がとても印象的で、そのなかにもグラデーションがあるのが、この物語らしさを表現していただけているなと思い、感動しました。実際に手に取っていただいた方の反応でも、カバーに惹かれた、オビの文章で気になった、という声が多くてとても嬉しいです。それぞれの話に登場するアイテムも描いていただいて、細かなところまでこだわりのあるカバーになっています。いわくつきのアイテムたちは、素材も含めて実際に江戸時代に存在しておかしくないか、というところも気にかけて調べていったので、イラストとしてうまく表現していただけてありがたいですね。ことのは文庫さんには本当に多くのジャンルの作品があり、書店に並んだタイトルを見るだけでワクワクする、魅力的なレーベルだと思っています。



















