『わたしの幸せな結婚』『龍に恋う』『身代わりの贄はみなそこで愛される』……薄幸の少女の成長と数奇な運命を描く婚姻譚3選

薄幸の少女の運命を描く婚姻譚3選

 虐げられて育った少女が恋愛や結婚をきっかけとして幸せをつかむ“シンデレラストーリー”は、少女小説やキャラ文芸、ライトノベルを中心に根強い人気を誇っている。

 シリーズ累計発行部数900万部を突破した顎木あくみ『わたしの幸せな結婚』の大ヒットを受けて、さまざまなレーベルから和風シンデレラストーリーが次々と刊行されている。

 日本では古くから継子いじめ譚である『落窪物語』が読み継がれており、和風シンデレラストーリーが流行る素地があったと言えるだろう。田辺聖子のユーモラスな語り口で綴られた『おちくぼ物語』(文春文庫)を読むと、誰もが知っているシンデレラの物語と共通する要素が多いことに驚くはずだ。

 シンデレラストーリーの魅力は、薄幸の少女が幸せをつかむという王道がもたらす安心感や、主人公の幸せと対照的に描かれる悪役の凋落によって得られるカタルシスにある。物語の冒頭では不幸な境遇にあった少女の変化と成長が描かれる点も、読者の共感を集めるポイントだ。

「薄幸の少女が幸せになる婚姻譚」という型を踏襲した和風シンデレラストーリーは似通った物語に思えるかもしれないが、いざ読んでみるとその幅は広く、バリエーションの豊かさに驚かされる。

顎木あくみ『わたしの幸せな結婚』(富士見L文庫)

 人に害をなす異形を討伐する見鬼の才を受け継ぐ家に生まれた美世は、異能を持たないことで継母と義妹に虐げられていた。家を継ぐ義妹の縁談が調ったことで、美世は厄介払いとばかりに縁談を調えられてしまう。縁談相手は、異能を受け継ぐ名家中の名家の当主にして若き軍人・久遠清霞。数多くの婚約者候補たちが逃げ出したことから冷酷無慈悲と噂される清霞と美世は、少しずつ心を通わせていく……。

 顎木あくみ『わたしの幸せな結婚』は、和風シンデレラストーリーの人気を牽引するシリーズだ。虐げられてきたがゆえに自分の気持ちを押し込めてしまう美世が、自分に備わった異能と向き合いながら少しずつ成長していく様が丁寧に描かれる。 糖度を増しながらもなかなか進みきらないロマンスとゆっくりと進む美世の成長にやきもきさせられるが、このじれったさと甘さのバランスが人気の理由でもある。ユニークなのは、巻を重ねるごとに異能の秘密が明かされていくとともに、バトル描写が増えていく点だろう。ロマンスだけでなく、明治・大正期の日本を思わせる作中舞台で繰り広げられる異能バトルも読みどころだ。

道草家守『龍に恋う』 (富士見L文庫)

 時は明治。女中として働いていた珠には、神に捧げられる生贄として育ったことから、人ならざるあやかしが見える。度々トラブルに見舞われてしまう珠は今回の奉公先でも暇を言い渡され、路頭に迷いかけていたところを口入れ屋「銀古」の店主・銀市に助けられる。口入れ屋に住み込みで働くことになった珠だが、そこはさまざまなあやかしが集い、あやかしに関係する相談が舞い込む場所だった。謎めいた銀市やあやかしたちとの生活に慣れていく珠だが、女中が失踪する事件の囮を務めることになり……。

 次に挙げる道草家守『龍に恋う』は、薄幸の少女が主人公の和風シンデレラストーリーを想定して読み始めると、新鮮な驚きを抱くはずだ。物語の冒頭で、主人公の珠ははっきりと物を言う少女として登場する。彼女のさっぱりとした気質からは、いわゆる「薄幸の少女」らしさは感じにくい。だが、読み進めるうちに、彼女が生贄として育ったがゆえに感情の起伏が少ないことがわかる。自分の感情を遠く感じながらも、生贄であった時分のように必要とされる場を求めてもいる珠は、アンバランスで危なっかしい。そんな彼女を時に呆れ、それ以上に心配しながら見守る銀市もまた、出生に秘密を抱える人物だ。

 少しずつ自分の心を拾い集めていく珠の成長と、どこかに属しきるには中途半端な身の上にある珠と銀市が寄り添いあい、居場所を見つけていく様子が描かれる。口入れ屋に集うあやかしたちも魅力的で、賑やかな描写にはくすりとさせられる。和風ファンタジーの面白さと異類婚姻譚もののポイントを押さえつつ、ひと味違った物語が楽しめるシリーズだ。

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