異才たちの人生を描いた本書自体が『幻想文学』であるーー礒崎純一『幻想文学怪人偉人列伝』を読む

怪人たちの真実『幻想文学怪人偉人列伝』

 国書刊行会(1971年設立)は、日本で最もユニークな出版社のひとつである。もともとは学術書(復刻)や仏教関係の書籍などを主に出版していたのだが、紀田順一郎と荒俣宏の持ち込み企画「世界幻想文学大系」(1975~1986)を皮切りに、広義の幻想文学の版元として知られるようになった。

 礒崎純一は、その国書刊行会の元編集長。「日本幻想文学集成」、「バベルの図書館」、「書物の王国」などの名企画で世の読書家たちを唸らせてきた編集者だが、2019年、自ら健筆を振るった『龍彥親王航海記——澁澤龍彥伝』(マルキ・ド・サドの翻訳などで知られる仏文学者・澁澤龍彥の評伝/白水社刊)では、第71回読売文学賞を受賞するなど、書き手としての実力も広く世に知らしめた。

 先ごろ筑摩書房より刊行された『幻想文学怪人偉人列伝——国書刊行会編集長の回想』は、そんな礒崎純一による待望の第2作である。

名編集者が見た異才たちの姿

礒崎純一『幻想文学怪人偉人列伝――国書刊行会編集長の回想』(筑摩書房)

 『幻想文学怪人偉人列伝』は、タイトル通り、日本の「幻想文学」の書き手(小説家だけでなく、翻訳家や評論家なども含む)たちの「列伝」であり、担当編集者から見た異才たちの随想集でもある。

 採り上げられているのは、澁澤龍彥、松山俊太郎、種村季弘、矢川澄子、橋本治、須永朝彦、田辺貞之助、由良君美、曽根元吉、南條竹則、山尾悠子、佐藤今朝夫の計12名。橋本治や佐藤今朝夫(国書刊行会社長)らのような例外もあるが、多くはいわゆる「澁澤系」といっていいような人選であり、あらためていうまでもなく、これは、『龍彥親王航海記』の著者の好みの表れだろう。

 それはともかく、「幻想文学」という言葉ほど曖昧なものはないだろう。というのも、「文学」というものが、“作家の幻想を綴ったもの”である以上、「全ての文学は幻想文学である」といえなくもないからだ。

 むろん、本書でいう「幻想文学」とは、ファンタスティック(幻想)、メルヴェイユ(驚異)、フェリック(夢幻)といった概念の色濃い超自然的な文学作品を指しているのだろうが(澁澤龍彥「幻想文学について」参照)、いずれにしても、それらは文学の本流からはみ出した異端の作品群ということはいえそうだ。

礒崎は、本書の「あとがき」でこんなことを書いている。

 怪人といえば特撮テレビ番組の登場人物を思い浮かべるかもしれないが、ここでは、普通の人とは変わっている人間というほどの意味で、となると畸人でも同じだろう。タイトルは「怪人偉人列伝」とあるけれど、もともと怪人と偉人を明確に区別するのはじつのところ容易ではなく、また、強いて区別をつけるような窮屈事は必要ないのかもしれない。

 ちなみに、荒俣宏は、「畸」という字は、「奇にも通じるが、本来は『井田に区劃するとき、はみだして割り残りになった』半端な部分を指し(中略)そこから『珍しい、滅多にない』の意味になった。畸人を、世間に滅多にいない人のこと、と解釈してよいだろう」と書いている(荒俣宏選・日本ペンクラブ編『異彩天才伝~東西奇人尽し~』福武文庫/選者あとがきより)。つまり、「畸人」とは、「既存のルールから逸脱した“別格”の人」のことであり、そんな人々の逸話を集めた本書が面白くないはずはなかろう。

「幻想文学」に情熱を捧げた人々

 さて、本書を手に取った人の多くが、まず読みたいと思うのは、おそらく澁澤龍彥の章と種村季弘の章だろうが(矢川澄子の章と山尾悠子の章、という人も少なくないだろう)、個人的には、松山俊太郎(インド学者・幻想文学研究家)と須永朝彦(歌人・小説家)の章を興味深く読んだ。

 前者は、澁澤龍彥曰く、「明治の茶人として知られた松山吟松庵の孫であり、日本でただ一人、ボオドレエルの『悪の華』の初版および再版本を所蔵しているビブリオフィルであり、専門はサンスクリット文学であるが、古今東西にわたる広い学を身につけた、まことに稀有なる博雅の士」(ビアズレー・澁澤龍彥訳『美神の館』中公文庫/解題より)。

 後者は、塚本邦雄門下(のちに破門)の早熟の天才歌人にして、「天使」や「吸血鬼」などをテーマにした耽美小説の紡ぎ手である。

 また、ふたりとも、礒崎からの依頼で、前述の「日本幻想文学集成」では、「編者」として辣腕を振るっている。

 両者の詳しいエピソードについては、ぜひ本書を読んでいただきたいと思うが、このふたりに共通するのは、「食う」ために文学をやるのではなく、「生きる」ために文学をやった、ということだろう。とりわけ本書で描かれている、須永朝彦の、生活に困窮しながら「書けない作家」になってしまった晩年の姿は壮絶である。

 いずれにせよ、須永・松山に限らず、「幻想文学」という摩訶不思議なものに情熱を捧げた異才たちの“人生”を描いた本書は、すこぶる面白いノンフィクションであってノンフィクションではない。そう、本書自体が、ある種の良質な「幻想文学」なのだ。

■書誌情報
『幻想文学怪人偉人列伝――国書刊行会編集長の回想』
著者:礒崎純一
価格:2,750円
発売日:2026年1月15日
出版社:筑摩書房

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