岩波新書・編集長が語る、“現代人の現代的教養” 「教養とはよりよく生きるために大切なものを学びとる精神のこと」

岩波新書・編集長が語る、“現代人の現代的教養” 「教養とはよりよく生きるために大切なものを学びとる精神のこと」

 「新書」という出版形態の創始である岩波新書は、1938年の創刊以来、一貫して「現代人の現代的教養」を目的として編まれてきた。また、いかなる時代にあっても、広い世界的観点や批判的精神を持つことが大事なのだと、強く読者にうったえかけてきた。たとえばこの夏(7月)、緊急出版された『コロナ後の世界を生きる――私たちの提言』(村上陽一郎編)などは、そうした岩波新書の編集理念を象徴した1冊だったと言える。そこで今回は、同編集部の編集長・𠮷田裕氏に、出版不況、そして、戦時中や戦後、あるいは震災直後などとはまた違う形の“先行きが見えない時代”であるいま、岩波新書は読者にとってどういう存在であるべきなのかを語ってもらった。(島田一志)【記事最終ページにて岩波新書編集部の書棚、そして岩波書店の出版物が保管されている倉庫の写真を掲載】

「現代人の現代的教養を目的として岩波新書を刊行せんとする」

――まずは岩波新書のこれまでについてお話しいただけますか。

𠮷田:ご存じの方も少なくないかと思いますが、岩波新書は1938年11月の創刊以来、時代や社会の変化によって装丁の色を変えてきました。具体的に言えば、1938年から46年が「赤版」、49年から77年が「青版」、77年から87年が「黄版」、そして、88年から現在までが「新赤版」ということになります。なお、新赤版については、2006年にカバーデザインを少しリニューアルしました。

 ちなみに、4色合わせてこれまでで約3400点が出ているのですが、当然、時代時代によって「新書のあり方」というものは変わっています。ただ、それでも「創刊の辞」で岩波茂雄(注1)が書いた、「現代人の現代的教養を目的として岩波新書を刊行せんとする」という編集理念だけは、いまにいたるまで一貫して変わらない部分だと言えるのではないでしょうか。

注1……岩波書店創業者。

――戦争の影響で赤版の刊行はいったん中断してしまいましたが、戦後(49年)、再出発した時の編集部が目指した「新書のあり方」はどういうものでしたか。

𠮷田:戦争への反省はもちろんですが、それと同じくらい、どうやってこれから先の“未来”を生きていくべきか、という切実な問いかけがあったと思います。日本という国が徐々に復興していくなかで、懸命に生きていこうとしている人々を主な「読者」だと想定し、その人たちに“心の糧”を提供することこそが、復刊後の岩波新書の使命だと考えていたはずです。

――少し話は飛びますが、そののち、学生運動などの熱い時代を経て、80年代には、「教養」と大衆との関係性がだいぶ変わりましたよね。いわゆる「ニューアカブーム」もありましたし、「知」というものが以前よりもずっと身近な存在になった時代だと言える気がします。

𠮷田:たしかに「バブル」と呼ばれる時代状況になって、かつてのような生きるか死ぬかといった危機感は薄れたように感じられます。大学生の数も増えましたし、おっしゃるようなニューアカデミズムのブームもあり、ある意味では知のあり方について変化が生じた、流動化が起きたと思います。また、人々の趣味も多様化したのでしょう。そうした時代のニーズに応えるために、企画の内容が変わった部分も少なからずあったと思います。

『日本の私鉄』

 たとえば、当時の黄版では、『日本の私鉄』(和久田康雄)のような、それまではあまり目を向けていなかったジャンルの新書も出始めています。この本などは、昨今の鉃道ブームもあり、刊行時とはまた違う形でいまも売れつづけているようです。いずれにせよ、「教養」というものをめぐって、アカデミズムに寄るべきか、ジャーナリズムに寄るべきか、その線引きをあえてしない、というのが黄版から新赤版にかけての、ひとつの方向性になっているような気がします。

――人々の趣味や思想が多様化した、現代(いま)ならではの新書であろうということですね。新赤版のリニューアル時には、「21世紀の教養新書」ということも謳われています。

𠮷田:そうですね。少しだけ申し上げれば、「教養」というのは、何らかの共通の基盤の上に成り立つものだと思います。かつてあった共通の基盤はどこかの段階で崩れていて、それをもとに戻そうとするのではなくて、むしろ新しい基盤をみんなで作り上げようと模索している時代が今なのではないかと考えます。これまで古典だったものが古典でなくなるかもしれませんし、我々がまだ知らない新しい古典がこれから生まれるのかもしれません。たとえば、漫画やゲームなど、以前ならサブカルチャー――この言い方自体は好きではないのですが……――として受けとめられていたものが、皆が知っていて当然の存在になってきているわけです。そういうものも真正面から扱った、新しい「教養」が求められている時代といえるかもしれないと、個人的には思っています。

これまでもっとも売れた岩波新書は?

『大往生』

――近年では電子書籍の台頭が著しく、また、出版不況や若者の活字離れが問題になっていますが、そうした時代のなかでの「紙の本の新書」のあり方をどうお考えですか。

𠮷田:私自身は紙の本で育った人間ですので、あまり参考にはならないかもしれませんが、この「新書判」という判型ならではの大きさと、手に持った時の感触は、電子書籍では味わえない「良さ」があると思います。手に馴染むと言いますか。読書という「体験」においては、やはり紙を触ってめくることで得られる快楽があるのではないでしょうか。

 あくまでも一読者としての意見でして、もちろん電子書籍の存在は無視できません。いまの若い人の中には、紙で新聞を読んだことがない方もいるそうです。別にそれが悪いと言っているわけではなくて、もともとそういう習慣がないわけですから、仕方がないと思います。今後はそういう新しい世代の読者の方たちに向けて、どのような形で、アナログとデジタルを共存させていくべきなのか、そこを考えていきたいです。

『日本語練習帳』

――現状、岩波新書はどれくらい電子化されているのですか。

𠮷田:原則として、近年刊行されている新刊については、発売から4か月後に電子化しています。また、古い本についても、徐々に電子化を進めている状況です。その一例が「岩波新書eクラシックス」。現在入手困難な本を電子化してアーカイブのようなものを作ることができるという点では、読者の方にとっても良いのではないでしょうか。ただ、昔の本のページをそのままスキャンして出す、というわけにもいきませんから、結局は最初から作り直すことになりますので、全てを電子化していこうとすると相当な時間とコストがかかると思います。

――ちなみにものすごく下世話な質問で恐縮ですが(笑)、いままでで一番売れた岩波新書はなんですか?

𠮷田:『大往生』(永六輔)です。岩波新書のラインナップの多様化を象徴している1冊でもあると思います。未だに売れ続けていますし、2位が何かはちょっと即答できないのですが(注2)、この先も当分『大往生』の1位が変わることはないでしょう。

注2……2位は『日本語練習帳』(大野晋)とのこと。

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