偽装結婚、カサンドラ症候群、アセクシュアル……さまざまな「繋がり」を描く小説『恋じゃなくても』著者・橘ももインタビュー

橘もも『恋じゃなくても』インタビュー
橘もも『恋じゃなくても』(双葉社)

 『忍者だけど、OLやってます』シリーズなどで知られ、デビュー25周年を迎える橘ももが、初の単行本となる『恋じゃなくても』(双葉社)を上梓した。

 婚約者に浮気をされて別れた凪と、結婚相談所で相談役を務める老婦人・芙蓉がコンビを組み、さまざまな相談者に向き合っていく本作。凪と芙蓉、そして周囲の登場人物たちの生き方や関わり合いから見えてくるのは、既存の「恋愛」や「結婚」の固定観念や制度からこぼれてしまうような、多様な人々のあり方や結びつきである。さまざまな価値観を真摯に見つめようとする本作には、どのような思いが託されているのだろうか。著者の橘に詳しく話を聞いた。(嵯峨景子)

年齢の離れた女性同士の関係性を描いてみたかった

――婚活をテーマにした小説を着想したきっかけを教えてください。

橘もも(以下橘):2019年にリアルサウンドブックで小説の連載をすることになったとき、私がぽろっと「婚活小説を書いてみたい」と言ったことを、編集さんが覚えていて、挑戦してみることになったんですよね。この頃「結婚物語。仲人T」さんがSNSでバズっていて、この方の本や婚活ブログの成婚エピソードなどを読んでいると面白く、小説になるんじゃないかと思ったのがきっかけです。

――リアルサウンドブックの連載『婚活迷子、お助けします。 仲人・結城華音の縁結び手帳』が『恋じゃなくても』の元ネタだと伺いました。

橘:『婚活迷子、お助けします。』の主人公は仲人です。ただこの設定だと結婚相手を探すというお話にしかならず、着地点も結婚するかしないかしかなくて、連載中から物語をふくらませるのはなかなか厳しいなと感じていました。双葉社の編集さんにもお見せすると同意見で、これだと読者層がすごく限られてしまうし、もっと広く女性の生き方を描く小説を読んでみたいとおっしゃっていただいたんです。とはいえ婚活という題材は使いたかったので、結婚相談所の仲人目線ではなく、その枠から外れた場所でお悩み相談を請け負う設定にしてみようと思いました。

――『恋じゃなくても』の主人公・凪は29歳で婚約者に浮気をされて破局、傷ついていたところを結婚相談所で相談役を務める78歳の芙蓉に拾われます。凪は芙蓉の助手的なポジションとなり、婚姻にまつわるさまざまな悩みに関わっていくことになります。

橘:担当さんに、「バディもの」を読んでみたいとも言われたんです。バディでも男同士、女同士、男女と色々ありますけど、私が書くなら女性同士がいいだろうな、それも年齢の離れた関係性を描いてみたいなと思いました。親しい編集者に20歳年上の方がいて、友達ではないけどただの仕事相手でもないというその方との信頼関係は、一種のバディ物ともいえるんじゃないかなあと。ただ、その人との関係をそのまま描きたかったわけではないので、芙蓉の年齢はぐっと上げることにしました。

――芙蓉さんは大好きなキャラクターです。とてもかっこいい女性ですよね。

橘:ありがとうございます。小説を書き始めた頃から7、80代の方が主役の小説や映画が増えていましたし、私のまわりにいる年配女性はみなさん、賢くてたくましい。そのパワフルさを書いてみたいという思いがありました。芙蓉さんには、私が年齢を重ねていくうえでの理想も託しています。

――結婚相談所がモチーフの小説ですが、取材やリサーチなどはされたのでしょうか。

橘:リアルサンドブックで連載を始める時に、結婚相談所「結婚物語。」の所長さんに取材をさせていただき、結婚相談所の基本的なシステムや、「仮交際」や「真剣交際」といった仕組みも知りました。他には、SNSの婚活アカウントをチェックしたりもしましたね。とはいえ、綿密に何かを調べたというよりも、恋活・婚活をしていた友達や、私自身の経験など、これまでに見聞きしてきたものの方が生かされているかもしれません。

――橘さん自身の婚活経験も小説に投影されているのですね。

橘:もう十年近く前になりますけどね。ネタとしてお見合いというものを経験してみたいという思いもありましたが、人並みに30歳を目前に「このままで大丈夫かな」と思う気持ちもありました。結婚したいというよりも「結婚すればまっとうな人間になれる」という気持ちのほうが強かったと思います。30歳を過ぎると申し込みが来なくなると聞いていたので、お見合い写真をとって地元の仲人さんに預けたこともあるんですよ。

  ただ、仲人さんがわりと古い考え方というか、資格をとってバリバリ働いている女性に対して「男性が引くから隠せ」と言っていたり、私が東京で働いていることもマイナスポイントになると言われたりしたそうなんですね。なかなかお見合いの話が来ないなあと思っていたら、母が「なんで、頑張って働いているのにそんなこと言われなくちゃいけないんだと腹が立った」と、やめていたようです(笑)。その後、「どうして仕事もプライベートもこんなに楽しく充実しているのに、会いたくもない人に会って、自分のだめなところを探して、落ち込んだり傷ついたりしているんだ?」と我に返り、婚活するのはやめたのですが、私だけでなく、わりとそういう強迫観念に駆られてしまうものがあるよなあと感じていたことを、物語には投影しています。だから凪も、29歳という設定にしました。

他者をカテゴライズする言葉はできるだけ使わないように

――第一話では婚活の大変さが生々しく描かれていましたが、今回の作品全体で特に力を入れたパートや要素はありますか?

橘:1番書きたかったのが、作中でも触れている「偽装結婚」についてだったんです。というのも、同性愛者の友人から、自分のセクシュアリティを隠して結婚して子どもをもうけたあと、カミングアウトして大変な状況になった人の話を聞いていて……。配偶者の方にとっては、たまったものではない、ひどい裏切りだと思うのですが、セクシュアリティをカミングアウトすることさえ難しく、そうした選択をせざるを得なかった社会について考えるきっかけになりました。偽装という行為自体を肯定するわけではないけれど、単に当事者を一方的に責めたくもない。そんなことを、今もときどき友人と話しています。もうひとつは、カサンドラ症候群について。

――それは、どういうものなのでしょう。

橘:大雑把に言えば、パートナーが発達障害だった時にコミュニケーション不全が起きて、不安や抑うつ状態になる状態を指します。私の身近にカサンドラ症候群でものすごく苦しんでいた人がいて、カウンセリングに何年も付き合ったことがありました。最近は発達障害の人の生きづらさに焦点が当てられる機会が増えたけど、その配偶者の立場にいる人たちの辛さや苦しみもまた、理解されにくくて見過ごされがちなんですよね。自分がこれまで「ふつう」だと思って生きてきたことが、いちばん身近にいるはずのパートナーに通用せず、相手の立場になって考えるということが苦手な相手だと、ろくに話し合いをすることもできない。結果、感情のコントロールが上手にできなくなって、ヒステリーを起こしているように思われてしまう……。その姿は側で見ていても辛く、そこを取り上げたいと思って描きました。

――作中にギリシャ神話のカサンドラの話は登場しますが、カサンドラ症候群という用語は使われていませんね。

橘:カサンドラ症候群や発達障害という言葉を使ってしまうと、読んだ人に先入観を与えてしまうようなきがしたんですよね。カサンドラ症候群に限らず、他者をカテゴライズする言葉はできるだけ使わないように心がけました。私自身が当事者ではないからということもありますが、定義をすることでその定義から漏れてしまう人の苦しさも生まれてしまうのではないかと思うんです。もちろん、カテゴリーがあること自体は、自身や他者のあり方を理解する上でとても大切だと考えています。一方で、他者をジャッジして攻撃する材料にもなりえてしまう。たとえばアセクシュアルやアロマンティックといった言葉がなくても、この人はあんまり恋愛に興味ないんだなとか、 性的なことをしたくないんだなと、相手の状況をナチュラルに認められるならばそれが1番いいのに、とも思います。

――その描写に重ねて、芙蓉さんの事情や苦労も掘り下げられていきます。

橘:真面目で責任感が強い人ほど、我慢して頑張ってしまう。うまくいかないことほど、自分の努力が足りないせいだと思うし、自分の窮状を声高に誰かに訴えたりもしない。そのせいで、「あの人は強いから」と思い込まれてしまうことも、多いと思うんですよね。とくに芙蓉さんのように、気が強そうで恵まれた環境にいるように見える方は、ちょっと文句をこぼすだけで我儘を言っているように思われたりもします。朗らかで一見人生を楽しんでいるように見える人たちも、裏側でいろいろなことを背負っていたり、傷ついている。だからこそ強いし、優しいんだということも書きたいなと思いました。

――今回、主人公の造形やキャラクターについてはどのように考えたのでしょうか?

橘:これまでの小説の主人公はもっと感情の起伏が激しくて、人に対しても積極的に関わるタイプが多かったと思います。ですが凪は淡々としていて、これまでは書いてこなかったタイプですね。私の友人にも凪のように、他人を誘うのが苦手な人や、自分から関わりに行くことはほとんどしない子がいます。ですが、そういった人たちは冷たいわけでも私に好意がないわけでもなく、愛情の示し方が私と違うだけ。むしろ、そういう子たちが誘いに乗ってくれるのは、私のことが好きだからなんだなあとも思ったりします。人には、それぞれに相手を大事にするやり方がある。自分が望むやり方をしてくれないからといって、拗ねたり責めたりするのは違うよなあ。という自戒を、凪と元婚約者の稜平とが対峙するシーンに込めています。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる