唯一無二の漫画雑誌を作る3つの柱とは? 「ハルタ」編集長・塩出達也インタビュー

「ハルタ」編集長・塩出達也インタビュー

 『ダンジョン飯』『ヒナまつり』『坂本ですが?』など、漫画好きをうならせる作品を生み出し続ける唯一無二の漫画雑誌「ハルタ」。

 最近では、本誌にて連載デビューを飾った『いやはや熱海くん』が単行本1巻発売後には即大重版、さらに宝島社『このマンガがすごい!2024』オンナ編 第3位に同作品がランクインするなど、新人作家の育成も好調だ。その背景には、担当裁量制、新人作家の育成、漫画家へ企画を提案しない……今の「ハルタ」を作る3つの柱があった。

『ヒナまつり』は編集者として成長させてもらった作品

――塩出さんは、2017年から「ハルタ」の編集長となっています。そもそも何がきっかけで漫画編集者になったのでしょうか。まず塩出さんの経歴について教えてください。

塩出達也(以下、塩出):恥ずかしい話ですが、大学卒業後は就職せず引きこもっていました。だんだん経済的にも精神的にも追い詰められて、そこでやっと就職活動を始めました。本が好きだったので出版社に絞って就職活動をして、最終的にイースト・プレスに営業職で拾ってもらいました。

――ファーストキャリアは漫画編集者ではなかったんですね。その後、どんなターニングポイントがあったのでしょうか。

塩出:イースト・プレスの営業部で働いている時に「コミックビーム」の営業を担当していたエンターブレインの方と知り合って。その人に「編集がやりたいんです」と話をしたら、ちょうど「コミックビーム」で編集者を募集しているタイミングだったんです。

 当時はもう30歳近くだったので、編集者になれる機会があるならなんでも挑戦しようという気持ちでいました。「コミックビーム」の作品も大好きだったので、面接を受けて拾ってもらいました。入社後は当時の若手編集者4人で「Fellows!」を立ち上げて、現在の「ハルタ」に至るという感じです。

――漫画編集者になりたての頃、特に印象に残っている作家さんや作品についてのエピソードがありましたら教えてください。

塩出:『ヒナまつり』の大武政夫さんです。初めて会ったのは大武さんが「コミックビーム」へ持ち込みに来た時で、当時は今とは全然違うシリアスな作風でした。打ち合わせを進めていく中で、現在のコメディーの方向に進んでいきました。

 その中で『ヒナまつり』ができて、読切として掲載したらすごく評判が良かったので「Fellows!」での連載が決定しました。新人作家の一発目の連載だったので、「やれるところまでやろう」くらいの感覚でスタートしたのですが、いざ連載が始まると大武さんから人を笑わせるアイディアが尽きることなく出てくるので驚きました。

 大武さんとは毎回長い時間打ち合わせをしました。バーミヤンへ行って打ち合わせをして昼ご飯を食べて、さらに打ち合わせをして、そのまま夜ご飯も食べるみたいな(笑)。

――ほぼ1日打ち合わせをしている状態ですね。

塩出:『ヒナまつり』のような1話完結型の漫画で毎話面白さを作るのってかなり大変なんです。読者を笑わせるための突飛な発想と、一話完結型に求められる読後感の良さを両立させるためにひたすらネームの打ち合わせをしていました。

 例えば、『ヒナまつり』4話の「キャ」「バ」「ク」「ラ」の見開き。普通だったらこんなシーンは見開きにしません(笑)。でも、こんな見開き見たことないから面白いのでは? というノリで作っていきました。同時に、ただ変なことをするのではなくしっかり話のオチに貢献することを意識していました。

 『ヒナまつり』は笑いも泣きもアクションもやれる懐の深い作品だったので、打ち合わせをしながら大武さんも僕も漫画の演出についての知識やアイディアが身についていったと思います。

 長期連載をしていくなかで編集者として成長させてもらいましたし、1人の作家の才能が開花していくところを間近で見ることができた、とても素晴らしい経験だったなと思います。

担当編集がOKを出せば連載決定!?  担当裁量制の裏側

――その後はどんな作品を担当されたのでしょうか?

塩出:佐野菜見さんの『坂本ですが?』『ミギとダリ』。あと、長崎ライチさんの『ふうらい姉妹』とか、こうして見るとお笑い系の作品をよく担当していますね。

――それは塩出さんご自身がお笑い好きだからでしょうか?

塩出:お笑いは好きですが、お笑い系の作品を作ろうと僕から提案したことはありません。たまたま僕が担当している作家さんが「笑い」に向いていたんだと思います。

 新人作家は作品を読者にどう受け取ってほしいか? が明確でないことがあります。そういう時に、読者を笑わす、泣かせる、怖がらせる……。ほんのちょっとで良いから読者に向けた“視線”をくださいという話をします。

 漫画を描く経験が浅いうちは作品を客観視できずに混乱している状態にあると思うので、「この漫画は読者を笑わせたら成功!」みたいな一つの型を提示すると、力を発揮しやすいのかなと感じます。

――それは塩出さんならではなのか、「ハルタ」全体の編集方針なのかでいうといかがですか?

塩出:これは創刊時から続いているやり方ですが、「ハルタ」は担当裁量制を敷いています。担当編集がOKを出せば編集長のチェックなしにそのまま誌面に掲載できるというシステムです。

 なので、漫画作りのすべては個々の担当編集者に任せています。

――一般的には連載会議などを経て掲載作が決まるイメージですが、そういった会議もないのでしょうか?

塩出:ないです。新連載は校了時に初めて読みます。そのかわり、雑誌が完成してから編集者全員が集まる、通称「読書会」という会議を開催しています。一つ一つの作品に対して、各編集者が思うことや改善点などをざっくばらんに話し合う場で、その時に出たフィードバックを次号に繋げていきます。

新人作家の発掘、打ち合わせで見ていること

――担当裁量制のほか、「ハルタ」は新人作家の育成・生え抜き主義を掲げていると伺っています。新人作家の発掘はどのように行なっているのでしょうか?

塩出:特殊なことはしていません。SNSやPixivや同人誌即売会で探しています。編集部では年に二回「八咫烏杯」という新人賞をやっています。

――お声がけする作家さんの共通点などはありますか?

塩出:先ほど話した担当裁量制と繋がる話なのですが、「他の人がどう思おうと、私はこの作家の漫画が好きなんだ!」という編集者の強い想い。それが作品を作ったり売ったりする上で、大きな力を発揮すると思うんです。

 なので、編集部としてこういう作家に声を掛けようといった指示は全くありません。いいと思った作家に声を掛けてくださいね、という方針でやっています。そのほうが編集者個々の感性でバラバラな漫画家が集まって雑誌も面白くなると思います。

――塩出さんはこれまでに数多くのヒット作を担当されていますが、作家さんにお声がけする上で大切にしていることがありましたら教えてください。

塩出:作品を見るだけではなく、作家と直接会うことでしょうか。会って話をした時の印象がとても大切だと思います。漫画家本人に惹かれるところを見つけられたら、漫画作りもうまくいくことが多い。口数は少ないけどポツッと発する一言が面白かったり、物の見方のひねくれ方が独特だったり、根性が並外れていたり、あるジャンルに凄い知識を持っていたり。何か一つでも「興味深いな、この人」という想いが生まれたらうまくいく気がします。

――先ほどお話しくださった大武政夫氏との『ヒナまつり』のエピソードにも通ずる話ですね。

塩出:そうですね。あと、初めて会った時の話でいうと、やっぱり佐野菜見さんはとても印象深かったですね。彼女が20歳くらいの頃に編集部に持ち込みにきてくれたのですが、周囲の社員が振り返るくらい派手な出で立ちで、喋り方も個性的でした。だけど、描いている漫画はすごく真面目で真摯な雰囲気。本人の第一印象と描いている漫画のイメージが全然違っていたんです。

 当時の佐野さんは、森薫さんや入江亜季さんに憧れていて、二人のような漫画を描きたい……という感じでしたが、それがあまりうまくいかなくて。このまま画力を高めてその方向で勝負していくか、など色々と模索しましたが、結局佐野さん本人の魅力をそのまま漫画に出せば良いじゃない! となって方向性が見つかり、ブレイクしていきました。

――とても美しい絵柄なのにじわじわと笑いが込み上げてくる。『坂本ですが?』は本当に革新的な作品でした。

塩出:『坂本ですが?』では、顔を崩すギャグ顔を禁止していたんです。とにかく真面目にやり切って、その様子を読者に笑ってもらうんだと。「ここが面白いところですよ」とこちらが提示するのではなく、全て読者に突っ込んでもらうタイプの新しいギャグ漫画が生まれたなと思います。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「名物編集者」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる