岩波新書・編集長が語る、“現代人の現代的教養” 「教養とはよりよく生きるために大切なものを学びとる精神のこと」

岩波新書・編集長が語る、“現代人の現代的教養” 「教養とはよりよく生きるために大切なものを学びとる精神のこと」

ベテランだけでなく、若い研究者も起用していきたい

『名画を見る眼』

――新編集長として今後はここに力を入れたい、というようなものはありますか。

𠮷田:1969年に出た高階秀爾先生の『名画を見る眼』という岩波新書があるのですが、学生時代に読んでたいへん感銘を受けた1冊でした。まさに世代を超えたロングセラーですが、最近改めて奥付の著者紹介を見て驚いたのは、刊行当時、高階先生は37歳です。「あとがき」には、「依頼されて執筆に5年近くかかった」と書いておられますので、依頼を受けたのは30代前半だったのではないでしょうか。

 つまり、何が申し上げたいのかというと、30代前半で新書を1冊書き下ろすというのは、著者の方にとっても、編集部にとっても、かなりのチャレンジだったと思われます。もちろん高階先生のことですから、当時から定評のあるお仕事をされていたのだと思いますが、そういうチャレンジ精神は大事ではないでしょうか。経済学や政治学、あるいは法学や心理学など、様々な分野において30代で意欲的なお仕事をされている方が、少なからずいらっしゃるはずです。そうした方々のお仕事を、新書というかたちで積極的にまとめていくことができたらと考えています。

『有島武郎――地人論の最果てへ』

――そういう意味では、最近出た『有島武郎――地人論の最果てへ』の著者・荒木優太さんなどもおもしろい人選でしたね。荒木さんは87年生まれの若い研究者ですし、先ほどのアカデミズムかジャーナリズムかという点では、「在野」であることを強調して活動されている方です。それだけでなく、YouTubeでは『新書よりも論文を読め』といういささか挑発的なタイトルの動画も配信されていて。

𠮷田:そうですね。荒木先生については、ちょうどいま、隣に担当編集者の中山がおりますから、彼から話してもらいましょう(注3)。

注3……この取材には、副編集長の中山永基氏にも立ち合っていただいていた。

中山:弊社に限らず、新書の企画を立てる際に、テーマから入る場合と著者から入る場合とがあると思いますが、この本については完全に後者でした。荒木さんの『これからのエリック・ホッファーのために――在野研究者の生と心得』(東京書籍)という本を読んで、おもしろい文章を書く人だなと思っていました。それで、何か一緒にお仕事できないかと考えたのですが、とはいえ岩波新書で「在野」について書いてもらうのはちょっと違うだろうと。岩波新書は、その道の第一人者に、ど真ん中のテーマで書いてもらうもの。だから今回も直球勝負で、彼の本来のテーマである有島武郎について書いてもらいたかったんです。

――仕事を進めるうえで、荒木さんが「新書よりも論文を読め」と言われていることについては、意識しましたか?

中山:もちろん(笑)。荒木さんのほうでも、ある意味では自らハードルを上げてしまっているわけですから、そういうことを言っている以上は、内容の薄い新書とはひと味もふた味も違う、「濃い」ものを作らなければと感じていたでしょう。ただ、彼は「もっと論文を読もう」と言ってはいますが、あらゆる新書を否定しているわけではありませんからね(笑)。いずれにしても、担当編集者として、王道でありながら新しい岩波新書を1冊作れたのではないかと自負しています。

「教養」とは知識の量ではない

――それでは最後に、あらためて𠮷田編集長にお訊きします。これからの岩波新書をどういう双書に育てていこうとお考えですか。

𠮷田:育てるというのは、もちろん、編集部だけでできることではなくて、著者の方々、読者の方々と共に取り組んでいくことになると思いますが、まずはこれまでの伝統として、アカデミズムとジャーナリズムの両輪という流れを守っていくことではないでしょうか。その上で、「現代人の現代的教養」という岩波新書の原点を忘れずに、もちろん、創刊時(1938年)の「現代」と、我々が生きている「現代」とではまったく状況が違いますから、いまの我々にとっての「教養」というのは何かということを、常に忘れないように心がけたいと思います。

 これは私見に過ぎませんが、「教養」とは知識の量ではないと思います。よりよく生きるために大切なものは何か、それを学び取ろうという精神のことだと思います。その精神を育むには何が必要かと言えば、「物ごとを根源的に考えること」ではないでしょうか。たとえば、歴史とは何か、経済とは何か、あるいは、人間の尊厳とは何か、他者との共感はどうやったら生まれるのか、など……。そういうことを真面目に、根源的に考えられる人こそが、「教養のある人」ではないかと考えます。つまり、知識を増やすことも大切ですが、それだけが目的ではなく、正しく生きるために必要な“何か”を常に追い求めている、そういう読者の方々に向けて、「これからの新書」を作っていけたらと、個人的には思っています。

■書籍情報
『岩波新書解説総目録 1938-2019』
岩波新書編集部 編
価格:本体1,000円+税
出版社:岩波書店
公式サイト

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