「2024年時代小説BEST5」麦倉正樹 編 今村翔吾の「石田三成三部作」から「化政文化」描く作品まで
2024年 歴史小説BEST5
1・『五葉のまつり』今村翔吾(新潮社)
2・『惣十郎浮世始末』木内昇(中央公論社)
3・『一場の夢と消え』松井今朝子(文藝春秋)
4・『きらん風月』永井紗耶子(講談社)
5・『秘色の契り 阿波宝暦明和の変 顛末譚』木下昌輝(徳間書店)
いわゆる「元寇」の際に活躍した伊予の御家人・河野通有を主人公とした『海を破る者』(文藝春秋)、クライマックスに向けていよいよ盛り上がる『イクサガミ 人』(講談社文庫)など、今年出版された今村翔吾の小説はどれも大変面白かったけれど、「なるほど、こう来たか!」という意味で、個人的にいちばん盛り上がったのは『五葉のまつり』だった。石田三成をはじめとする「五奉行」たちの知られざる活躍を描いた物語。刀狩り、太閤検地、醍醐の花見など、豊臣秀吉が企図する大事業を、五奉行たちはどのように実行に移していったのか。そもそも彼らは何者なのか。いわゆる「お仕事小説」としても楽しめる、戦国時代を舞台とした小説としては、ある意味珍しい作品だった。もちろん、要所要所で非常にエモーショナルなのだけど。
ちなみに、今村翔吾が石田三成を描いた作品と言えば、三成と「賤ヶ岳の七本槍」と呼ばれた人々の関わりを、連作形式で描いた『八本目の槍』(新潮社)があるけれど、本作はそれと合わせて楽しめる――というか、千利休や伊達政宗など、五奉行たちが対峙する、一癖も二癖もある人物たちの中で、徐々に「最大の難敵」として浮かび上がってくるひとりの武将。今後書くつもりであるという、その男との対決――「関ヶ原の戦い」をもって、今村翔吾の「石田三成三部作」が完結するようなので、そちらも今から楽しみだ。多くの人の「石田三成像」が変わること必至のシリーズだ。
2位に選んだ『惣十郎浮世捕物帳』は、500ページ超えの大著であるものの、じわじわと心に余韻が残るような、実に忘れ難い一冊だった。疫病との戦いや詐欺をめぐる話、さらには親の介護をめぐる問題など、ひとつひとつのエピソードが射貫く「現代性」はもとより、いわゆる「ヒーロー」からは程遠いけれど、着実に仕事をこなす誠実な主人公、定町廻同心の惣十郎と、彼のまわりにいる人々の造形がとても良かった。「この浮世をどう生きるかってのは、いつだって難儀な仕事だな」という惣十郎の言葉ではないけれど、時代小説でありながら、思わず「そうだよな……」とつぶやいてしまうような「共時性」が、たしかにそこにはあった。願わくば、この小説で描かれている彼/彼女たちの「その後」を読んでみたい。心からそう思えるような、実に愛すべき一冊でもあった。
その知名度のわりに、実はその人物像については知られていない「近松門左衛門」こと杉森信盛(1653年‐1725年)の生涯を描いた『一場の夢と消え』も、非常に印象深い一冊だった。「曽根崎心中」「国姓爺合戦」「女殺油地獄」など後世に残る人形浄瑠璃作品は、どのような時代の中で、どんな思いのもとに生まれていったのか。越前の武家に生まれ、浪人時代を経たあと京に上った信盛は、ひょんなことから浄瑠璃や歌舞伎を手掛けるようになる。原作者の名前など、表に出るどころか、その存在すら知られていなかった頃の話だ。しかも当時、その演目の多くは、古典や歴史物語を翻案したものだった。なぜ信盛は、実際の心中事件に惹きつけられ、それを自身の戯曲の題材としたのか。「虚にして虚に非ず、実にして実に非ず、虚と実の間をつなぐのが芸というもんじゃよ」――いわゆる「虚実皮膜」として知られる、晩年の信盛の言葉が示唆するように、今日まで連なる「大衆文化論」としても読める一冊だった。