『わたしの幸せな結婚』『龍に恋う』『身代わりの贄はみなそこで愛される』……薄幸の少女の成長と数奇な運命を描く婚姻譚3選

薄幸の少女の運命を描く婚姻譚3選

古池ねじ『身代わりの贄はみなそこで愛される』(ことのは文庫)

 神から湖の守りを任された村には、三百年に一度、秋の満月の夜に村で一番美しい娘を湖の奥底に住む神に花嫁として捧げる役目があった。生まれつき顔に青い痣を持つ宵は、神の花嫁に選ばれた双子の妹・環が愛される一方で、蔑ろにされてきた。そして迎えた満月の夜、環に恋をした男の煽動によって、宵は身代わりの花嫁として湖に沈められてしまう。死を覚悟した宵だったが、たどり着いた湖の底では優しく美しい神・水鏡とその愛猫、隣の火の国の神・赫天が静かに暮らしていた。穏やかな暮らしに慣れたある日、宵は助けを求める声を耳にする。不思議に思った宵が望んだものを見せてくれるという鏡を覗くと、それは幸せに過ごしているとばかり思っていた環の声だった。村が止まない長雨で危機に瀕していると知った宵は、水鏡が神として村を「作り直そう」としていることを教えられ――。

 最後に1月20日に発売されたばかりの古池ねじ『身代わりの贄はみなそこで愛される』を紹介したい。本作は、人と神の領域が遠からず接し合っている世界を舞台にした和風ファンタジーだ。

 冷遇されて育った宵は、村の男たちから「お前が代わりになれば、みんな幸せなんだ」と湖に投げ込まれようとしたときでさえ、誰一人悲しまない自分の死を受け入れようとする。そんな彼女を哀れんだ水鏡によって花嫁として受け入れられた宵は、“みなそこ”で暮らしはじめることに。自分が虐げられていたことさえ認められないでいた宵が、水鏡たちと生活を共にする中で自分を見つめ直し、やりたいことを探していくさまが丁寧に描かれる。

 意外なことに、本作はそのまま神と生贄が距離を縮めていく展開を選ばない。物語は湖の上と下を行き来し、生贄にならずに済んだ環にも焦点が当てられていく。環は誰もが姉の行方について口を閉ざす中、村の空気が次第に淀んでいくのを感じ取る。そしてとうとう、続く長雨を不安に思った村人たちが「本当の生贄を捧げるべきだった」と話しているのを聞いてしまう。宵に寄り添いながら読んでいた読者は、読み進めるうちに環が「ざまぁ」される悪役ではなく、彼女もまた主人公の一人であると気づかされるのだった。

 古池ねじの著作には、優しく穏やかな物語であったとしても、常に人の「弱さ」を静かに見つめようとするまなざしを感じる。古池ねじが見つめ、描き出そうとする「弱さ」には、水鏡が村に見切りを付けた所以である醜さや、胸の奥に刺さって抜けない棘のような痛みも含まれる。人の心は揺れ動き、時にひどく身勝手だったり、傲慢だったりする。必ずしも世界が美しいものばかりで満たされていないからこそ、虐げられてきた宵が村を助けようと行動を起こすさまが胸を打つ。人と神の相違を描きつつも寄り添うことを決めた宵と水鏡の関係の変化があたたかな余韻を残す、読み応えのある物語だ。

 本作はしっかりと描写に筆を割きつつも、うっすらと透けるヴェール越しに作中を垣間見ているかのようなトーンが保たれている。細やかで巧みな描写によって、宵と水鏡が心を通わせるきっかけとなる琴の音や、どこか幻めいた“みなそこ”の世界が文字を通して浮かび上がる感覚も、ぜひ味わってほしいポイントだ。また、ことのは文庫はカバー全面にわたるイラストを贅沢に使用した装丁も魅力。読み終えた後は、ぜひカバーを広げて物語に思いを馳せてみてほしい。

 著者の古池ねじは、カクヨムなどの小説投稿サイトのみならず、Kindleでの自費出版や文学フリマの参加も積極的に行っている。作風も多岐にわたり、読む作品ごとに異なる角度や深度で読者の胸を刺す魅力を持つ作家だ。第21回女による女のためのR-18文学賞友近賞受賞作家でもあり、今後の活躍が期待される。読みやすさの中に著者が得意とする繊細な心理描写と緻密に織り上げられた無駄のない構成が光る本作は、最初に読む古池ねじ作品としてもおすすめだ。

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