連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2026年2月のベスト国内ミステリ小説

2026年2月のベスト国内ミステリ小説

 今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。

 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は二月刊の作品から。

千街晶之の一冊:井上悠宇『予言館の殺人』(KADOKAWA)

 館ミステリが急増している昨今だが、井上悠宇『予言館の殺人』は、十三年前に「予言館」で起きた迷宮入り事件を、当時の関係者や霊感があると称する男女を招いて解明するという、アガサ・クリスティー風「回想の殺人」と特殊設定ミステリを合体させた趣向だ。館では怪現象が頻発し、主人公の母親が遺した予言が鍵となるが、それらのオカルト要素はインチキなのか本物なのか、本物だとしてもどの解釈が正しいのかをひとつひとつ解きほぐさなければならないため、謎解きの難度はかなり高い。終盤は霊能者たちによる多重解決推理を存分に楽しめる。

酒井貞道の一冊:阿津川辰海『犯人はキミが好きなひと』(ポプラ社)

 名探偵を志す女子高生が、刑事の兄がいるのを良いことに、身の回りの犯罪に首を突っ込み、幼馴染の男子高校生を振り回す。学園ミステリ&ラヴコメとしてはよくある構図だが、本作は、ここに「男子が惚れている女性(毎回違う)が必ず犯人である」という特殊ルールを加えて、一気に手が込んだ本格謎解き小説として結実させている。幼馴染コンビがこの法則に自覚的なのがミソで、自然科学における観察者効果よろしく、探偵側の行動も推理内容に強く影響するのである。それが具体的にどういうことかは是非、読んで体験していただきたい。

藤田香織の一冊:雨井湖音『僕たちの青春と君だけが見た謎』(東京創元社)

 一昨年、東京創元社×カクヨム 学園ミステリ大賞」を受賞した『僕たちの青春はちょっとだけ特別』でデビューした著者。「ちょっとだけ特別」である主な理由は、主人公たちが通っているのが私立の高等支援学校であるという点が大きく、軽度の知的障害をもつ生徒たちが、卒業後の就労と自立を目指す学校生活での日常の謎を描くシリーズ第2弾という位置づけ。今回は学園祭や企業実習が行われる2学期の話なのだけれど、読めば読むほど雨井湖音の「塩梅」の巧さに唸る。どう言葉を選んでも難しさがある題材を扱う覚悟と愛が伝わってくるのだ。いいよー!

梅原いずみの一冊:阿部登龍、空木春宵、桜庭一樹、雛倉さりえ、文月悠光、麻耶雄嵩、宮田愛萌、宮田眞砂著『百合小説コレクション wiz2』(河出書房新社)

 距離感や温度、想いの方向もさまざまな百合作品を8編収録した書下ろしアンソロジー第2弾である。中でもミステリ好きに読んでもらいたいのが麻耶の「大行司春香最初の事件」。女子高の部室で発生した密室殺人をめぐりホームズとワトソン役が描かれるのだけれど、手がかりの配置とテーマの落とし込みが大変鮮やかで技巧的。二度読み必至とはまさにこのこと……!その他、吸血鬼との共同生活を描く空木、スラッシャーホラーを題材にした阿部の一編も企みある構造をしている。それぞれに違う輝きを放つ百合の物語が詰まった作品集である。

若林踏の一冊:信国遥『未館成の殺人』(光文社)

 2月から3月にかけて“館”の文字がタイトルに入ったミステリの刊行が集中しているのだが、その中でも人を食った設定で楽しませてくれたのが本書である。大学推理小説研究会のメンバーが曰くつきの孤島に赴く、という点はお馴染みのパターンだけれども、そこにある館は建築が中断され基礎部分のみ残っている、というのが可笑しい。本の題名は駄洒落か。真相も豪快というか、よくもまあこんなことを思い付くもんだと呆気に取られるアイディアが盛り込まれている。綾辻行人の〈館〉シリーズに魔改造を施したらこうなります、みたいな話だ。

杉江松恋の一冊:信国遥『未館成の殺人』(光文社)

 ミス研のメンバーが夏合宿で変な館が建設された無人島に行ったら次々に死んじゃった、という幾度も見たことのある設定を使用して正攻法で長篇を書いちゃおうという作者の度胸をまず買う。島は肝腎の館が未完成なもので、学生たちは野宿をしながら死を待つことになる、という可哀想な状況は疑似ロビンソン・クルーソー譚ぽくもあって私好みである。手触りが滑らかではなく、ところどころ凸凹がある。何かが過剰だったり、逆に足りなかったり。そうした異物感は、実はミステリーとしての仕掛けにつながっている可能性があり、注意が必要だ。

 なぜか館もののミステリーが大量に刊行された月だったのですが、その中から二作が入りました。それ以外はジュヴナイルありヤングアダルトあり百合小説ありと、変化球が多いのが今月の特徴でしたね。さて、来月はどうなりますことか。
※橋本輝幸さんは今月おやすみです。

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