紗倉まなが語る、子供を産む・産まないの間にある感情「産み育てていないことに気後れしてしまう自分もいる」

紗倉まな『あの子のかわり』インタビュー
紗倉まな『あの子のかわり』(河出書房新社)

 2016年に四人のAV女優を巡る連作短編小説『最低。』(KADOKAWA)で鮮烈な作家デビューを果たして10年、紗倉まなの最新小説『あの子のかわり』(河出書房新社)は、女性同士の友情と妊娠という繊細なテーマに真正面から向き合った作品だ。

 ヘアメイクとして活躍する由良はある日、独身の親友・有里奈から妊娠したことを告げられる。仕事に邁進しつつ、夫と共に愛犬を育てる人生が続いていくと思っていた由良は、自分と同じ「子供のいない人生」を送ると思っていた親友からの報告に少なからず動揺し、やがてその関係性に変化が訪れるーー。

 子どもを産むか、産まないかーー誰もが避けては通れない、しかしあまり大きな声で語られることの少ない問題を、紗倉まなはどう描いたのか。その創作背景を聞いた。

わかりやすい対立構造ではおさめたくない

ーー子どもを産む・産まないをテーマにした小説で、ここまで、繊細にあわいの感情をすくいとってくれたものは、これまであまりなかったんじゃないかな、と思いました。マウンティングでも嫉妬でもない、だけど産むか産まないかで隔たれてしまう女性同士の関係性を描くのは、かなり覚悟も必要だったのでは。

紗倉まな(以下、紗倉):「友達の妊娠を素直に喜ぶことができない」という主人公のもつ不純さが、実際に妊娠している女性を傷つけることにならないか、あるいは、女性同士の分断を煽るための材料にされてしまうんじゃないか、と悩みました。でも、やっぱり、書かずにはいられなかったんですよね。今は、出産することに対する圧はずいぶん減ったように見えるけど、完全になくなったわけではない。私たちは本当に女性的な役割から解放されて自由を得たといえるんだろうか? と悶々とすることもあります。

ーー社会的な圧だけでなく、自分自身が「本当にこれでいいのだろうか」といつまでも悩んでしまうところもありますよね。子をもたない自分を卑下しているわけではないし、今の自分に納得もしているはずなのに、そこはかとなく産まない負い目を感じてしまうのはなぜなのだろうと、ふと不思議になることがあります。

紗倉:そうなんです。いいか悪いか、ではなくて、経験としての絶対的な差というものが存在していて、産み育てていないことに気後れしてしまう自分もいる。主人公の由良が、親友の有里奈が語る妊娠にまつわる話をどうしても興味をもって聞くことができない、という場面があるのですが、否定したいわけでも貶めたいわけでもなくて、どういう反応をするのが適切なのかが本当にわからないからなんです。実感のともなわない想像でしか語れないことがもどかしいんですよね。

ーーこれまでいろんな感情を共有してわかりあえてきた友達だからこそ、これから先の未来、きっとわかりあえないことが増えてしまうだろう、という予感がさみしく、戸惑ってもしまうんですよね。

紗倉:最初におっしゃっていただいたように、その気持ちは嫉妬でもマウンティングでもない。友達のことは変わらず大好きだし、祝福したい気持ちのほうが強い。でも、いくら「どんな人生を歩もうと自由だし、手を取りあうことはできる」みたいなことを言っても、すっきり落としどころを見つけられない感情を、ひとつひとつ、とりこぼさずに書けたらいいなと思いました。正直、読んだ方がどんな感想を抱くのか、いまは緊張しています。

ーー個人的には、救われたような気持ちになりました。こういう話って、繊細すぎて女性同士でもなかなかできないので、ああ、自分だけじゃなかったんだな、とほっとすることもできましたし、由良と有里奈のすれ違ってしまう友情模様も、読んでいて愛おしかったです。

紗倉:ああ、よかったです。物語上は、置いていかれたような気持ちになった由良が、どんどん暴走してしまう姿を描いたのですが、彼女が幼いからとか、身勝手だから、とかではなくて、タイミング次第では誰にでも起こり得ることなんじゃないかなとも思うんです。そもそも当初は、有里奈が「なんで由良は結婚なんてしちゃったの」と言っていたくらいで。誰よりもわかり合える親友同士でありながら、何もかもを同じにすることができないもどかしさを、お互いに抱えながら適切な距離感を探り続けた二人の関係を、わかりやすい対立構造ではおさめたくないなと思っていました。

この愛情はなんと名づければいいんだろう

ーー有里奈の妊娠をきっかけに、由良は自分が妊娠する可能性について迷い始めるけれど、だからといって本当に子どもがほしいわけではない、というのがリアルだなと思いました。

紗倉:たぶん、トリガーの一つに過ぎないんだろうなと思います。不思議ですよね。たとえば仕事とか、ほかのことだったらそんなことはないのに、身近な人が妊娠すると、とたんに「じゃあ私はどうするのか」と問いを突き付けられたような気持ちになってしまう。

ーー産むも産まないも、一度決めた選択には、とりかえしがつかないというのもあるかもしれませんね。

紗倉:そうなんですよね。カウントダウンがあるからこそ「なぜその道を選ばなかったんだろう」といつか自分を責めてしまうかもしれない、という恐怖もある。だから「産むなら早い方がいいよ」とか「どうしても欲しくないわけじゃないなら、考えたほうがいいよ」とか言われると、迷ってしまう。実際、なぜ今、子どもを産んでいないのかと聞かれたら、そのタイミングが自分には訪れなかっただけだったり、流れに逆らってまで絶対に産もうという強固な意思があったわけではなかったり、大仰な理由があるわけでもないから、よけいに揺れてしまうんだろうなと思います。

ーー母性はあるけど母親じゃない、という文章もリアルだなと思いました。命を慈しむ気持ちや育てたい気持ちがまったくないなら、やっぱり迷わないかもしれないけれど。

紗倉:母性ってなんだろう、ってことも、この小説を書きながらものすごく考えました。「母性がくすぐられる!」ってわりとカジュアルに使われる言葉だけど「産んでもいないくせに」って言われたら、何も言い返せなくなっちゃう。作中で、由良が子犬の夜泣きに胸を締め付けられるシーンがあるけれど、私も前に「ああそうか、この子も赤ちゃんなんだもんな」と、どこか子育てしているのに近い感覚を抱いたことがあるんです。今、また犬と暮らしながら、やっぱりどこか子育てする人に共感する部分があるんですけれど、でも、その子はあなたが産んだわけではないから違う、と言われてしまうと、じゃあこの愛情はなんと名づければいいんだろうと戸惑ってもしまう。そういう、自分でもうまく言い表せない感情を、今作ではできるだけ丁寧に掘ってみました。でも、だんだんすれ違い始めた有里奈とまた近づけるようになりたいと、子どものかわりになるものを探す由良の姿を描くときは、やっぱりちょっと、しんどかったですね。

由良の夫は、実は誰よりも繊細な人

ーー子をもたない決断は、由良だけでなく、夫のものでもあるはずなのに、暴走する由良に対してどこか他人事というか、のんきな夫の姿もリアルでしたね。

紗倉:由良の夫は、実は誰よりも繊細な人なんですよね。だから、できるだけ日常で、由良とのあいだに亀裂が入らないよう、ポップに過ごす努力をしたいと思っている。できるだけ楽観的に物事を受け止めることで、暴走してゆく由良の想いをなだめたり逃がしたりすることができる寛容さのある人として描きたかったんですけど、けっこう、難しかったですね(笑)。

ーー由良の苛立ちをどうにかしようとするのではなく、言い方をポップにさせることでうやむやにする、という彼のスタンスは読んでいてイラっとはしたんですけど(笑)、でも真正面から向き合えばいいってものでもないよな、とも思いました。たぶん、こういう夫だから、由良は救われているんだろうな、とも。

紗倉:ありがとうございます。私の友人で、険悪になりそうになったときはミッキーマウスの口調で話すという人がいて(笑)。「なんでこれやってくれないの!」って怒るんじゃなくて「やってくれたらうれしいな~♪」って歌うように言うと、相手も不機嫌にならずに動いてくれるという話を聞いて、それはいいなあ、と。でもそういう夫婦の独特の空気感って、文章だけで表現するのがなかなか難しくて。実はゲラになったときも、夫の語尾にどれだけ「~」をつけるか、あるいは言いきらせるか、などの修正にかなり時間がかかりました。

ーーそういう夫だから「けっきょくあなたは、幼犬から育てないと愛せない。すでに完成された相手には愛情を注げないんだ」というようなことを突きつけられたとき、ぐさっとくるんですよね。それは、最初から別人格として完成されている夫をどこまで愛することができるのか、という問いでもある気がしました。

紗倉:ああ、確かにそうですね。子どもがいないからこそ、由良にとっての夫は、本当なら唯一無二の相手になるはずなのに、女友達と違って、自然と同期されていく感覚があるわけではない。有里奈との関係に生じている変化も、伝えたところで「なんでそんな気持ちになるの?」と首を傾げられてしまうのもわかっている。それこそ「女同士は怖い」なんて話に集約されてしまったら、子をもつことに積極的でない夫を責めていると勘違いされてしまったら、耐えられない。そこには、有里奈との関係とはまた違うもどかしさがあるなあ、と思いながら書いていました。

ーーけっきょく、有里奈との関係はこじれにこじれて、ほとんど破綻するところまでいくわけですが……。でも、わかりあえないから、もどかしいから、一緒にはいられない。という、わかりやすい結論に落ち着かなかったのも、本作はとてもよかったです。どうしたって「同じ」にはなれない人たちが、どう向き合って、一緒に生きていけるかを描いた小説でもあるのかなあ、と。

紗倉:けっきょく「群れ」ってそういうことなんだろうなと、書きながら思いました。人それぞれに役割があって、どんなに同化して、報われた想いを得たいと思っても、うまくはいかない。誰かに提示された幸せこそが本物だと信じて真似しようとしても、その偶像にすがろうとすればするほど、本当に欲しかったものから遠ざかっていくこともある。同じ土俵に立とうとすることをやめて、それぞれが自分の幸せを追い求めながら、それでも共存していられる状態がいちばんいいよなあって。そう思えるようになることってやっぱり、現実ではいちばん難しいんですけどね。

■書誌情報
『あの子のかわり』
著者:紗倉まな
価格:1,870円
発売日:2026年2月12日
出版社:河出書房新社

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