ことのは文庫・佐藤理編集長インタビュー 「心に残る物語は、いつまでも長く愛される」

ことのは文庫編集長インタビュー

 マイクロマガジン社のオトナ女子向け文芸レーベル「ことのは文庫」が今年6月、創刊から4周年を迎えた。「心に響く物語に、きっと出逢える」のコンセプトの通り、感情を揺さぶる作品を次々に刊行し、存在感を高めつつある文庫レーベルだ。

 編集長の佐藤理氏は、DTPのオペレーターとして出版業界に入ったのち編集者に転身、いくつかの出版社を経たのち、マイクロマガジン社でことのは文庫を創刊した。その経験を糧に新興レーベルを率いる佐藤氏は、「心に響く物語」をいかに育み、世に届けているのか。多くの人に訴えかけるために大事なこととは? 佐藤氏に話を聞いた。(嵯峨景子)

DTPオペレーターから編集者へ

――初めに、編集者としての佐藤さんの経歴を教えてください。

佐藤理(以下、佐藤):最初は印刷会社でDTPオペレーターをしていました。その後、転職の機会を得たのですが、その時に入社した編集プロダクションが編集者としてのスタートになります。実は印刷会社の前には異業種で働いていたので、実際に編集者になるまでかなり時間がかかっています。

――前歴が長いんですね。

佐藤:はい。編集プロダクションに入ってからは社内でデザイナーみたいなことをしていました。

――編集者になったきっかけは何だったのでしょうか?

佐藤:デザイナーをしていた時に、編集者からの原稿が全然上がってこなくて、待たされる僕の作業もどんどん遅れていってしまうということがありました。その時、たまたま僕もよく知っているジャンルだったので、自分で原稿を書いてページを作っちゃったんです。そうしたら、編集長から「編集やってみない?」と声がかかりまして……。

――思わぬところから編集業に(笑)。

佐藤:はじめはあくまでデザイナーの仕事をする上で、編集業務も知っていた方が幅が広がるかなくらいの感覚でした。ただ、結果的にそこからはもうデザインの仕事はやめてしまって編集者を続けている、という流れです。当時は月刊誌、隔月刊誌など雑誌を中心にムック本や単行本の編集をしていました。

――マイクロマガジン社には、ことのは文庫の編集長として入社されたのでしょうか?

佐藤: いえ。『転生したらスライムだった件』(伏瀬著)を刊行しているGCノベルズの編集部に入社しました。そこではじめて「小説家になろう」という投稿サイトの存在を知り、いわゆる「なろう小説」というものに携わりました。

――それまで小説の編集はされていなかった?

佐藤:雑誌の連載で担当したことはあります。でもその時はメディア作品のノベライズだったり、メーカーとのコラボレーションだったりで、ひとつの作品に関係する人が多く、一人の作家と向き合うのは、マイクロマガジン社が初めてです。ここでは、マイクロマガジン社文庫という文庫本も担当しました。そうしていくつかの作品を刊行している内に、いわゆる泣けたり感動したりして心が揺さぶられる作品に対して読者の反応が良いことに気づきました。その経験から、心に響く読後感の気持ち良いもの、感情に訴えるものが作れればと考えました。

――それが、ことのは文庫誕生のきっかけとなる?

佐藤:そうですね。ことのは文庫は「心に響く物語に、きっと出逢える」というコンセプトとともに誕生しましたが、すべてこれらの経験から考えられたものです。やっぱり、心に残る物語は、いつまでも長く愛されますから。僕としてはそういうものを刊行できるレーベルを作りたかった。

一本の映画のような物語を

『おまわりさんと招き猫 あやかしの町のふしぎな日常』

――ことのは文庫の特徴や強みはどのようなところにありますか?

佐藤:コンセプト通り、心に響くことが強みだと思っています。いただく感想も、「泣けました」「まるで一本の映画を観るようでした」といったものが多いですね。

――現在、レーベル内で勢いのあるシリーズにも、やはりそうした特徴がありますか?

佐藤: 『極彩色の食卓』シリーズ(みお著)、『神宮道西入ル 謎解き京都のエフェメラル』シリーズ(泉坂光輝著)、『赤でもなく青でもなく 夕焼け檸檬の文化祭』(丸井とまと著)など現実世界を舞台にした作品はまさに「映画みたい」と好評ですし、『おまわりさんと招き猫』シリーズ(植原翠著)、『君が、僕に教えてくれたこと』(水瀬さら著)など、日常の中にあるちょっとした不思議な出来事といった作品も人気です。また、創刊時のタイトルでいえば『わが家は幽世の貸本屋さん』シリーズ(忍丸著)も、あやかしと人間との人種を超えた親子愛の物語が非常に高い評価を得ていますので、やはり心に響くことが支持されたのかなと思います。

――ことのは文庫にラインナップされる作品は、ウェブ小説の書籍化が多いのでしょうか?

佐藤:割合で言えば四分の三くらいが小説投稿サイト、それも「エブリスタ」からが多いですね。残りの四分の一が書き下ろしです。投稿作品の傾向から自然と「エブリスタ」の作品が多くなっていますが、意図的に特定の投稿サイトを重視しているわけではありません。

――作品に向き合う際の、着眼点や選出基準はどのようなものでしょう?

佐藤: 一番は、登場人物が生き生きとしていることだと思います。キャラクターが魅力的じゃないと先が気になりませんし、そこにプラスして作品からテーマみたいなものが感じられると良いですね。投稿サイトでよく聞く「ポイント」については、ひとつの指標にしていますが、基本的には作品をしっかり読ませてもらって選出しています。ですから、「ポイント」にこだわらずきちんと作品を見ている編集者がいますよ、と、ここでは言いたい(笑)。もちろん、そうなると僕らとしては、ひとつひとつ丁寧に読まないといけないわけですが、思わぬ名作に出会えることを考えれば、むしろ楽しんでやっています。

――書き下ろし作品についてもお聞かせください。

佐藤:書き下ろしは企画の段階から作家と色々とお話させていただく中で生まれるものなので、投稿作品とはまた異なるアプローチができますし、企画から一緒に作り上げていくことは編集者にとっても得難い経験です。それが結果的に、ことのは文庫の独自性や多様性にも繋がっているので、これからも書き下ろし作品にはこだわっていきたいですね。

――装丁についてお伺いします。カバーイラストもそれぞれに印象的ですが、こだわっている点などはありますか?

佐藤:表1(表紙のオモテ面)から表4(裏表紙)を使って、物語の世界観を表現してもらっています。拡げて見るとサイズも大きくて見栄えもするので好評です。もうひとつは背表紙ですね。文庫の背表紙ってレーベルごとにデザインが統一されていますが、ことのは文庫では作品ごとにロゴを使っているので、それぞれ違って見えます。おかげさまでハードカバーの単行本のようだと好評です。

『神宮道西入ル 謎解き京都のエフェメラル』のカバー

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