阿津川辰海はとんでもない作家だーー『犯人はキミが好きなひと』が示した、恋愛ミステリの新たな可能性

阿津川辰海、異色のラブコメ×本格ミステリ

 阿津川辰海は、自己の作品領域と、ミステリというジャンルの拡張を考えているのではないか。警察小説と異能バトルを組み合わせた、2024年刊の『バーニング・サンダー』以降の作品を見ていると、そんなことを思ってしまう。最新刊となる本書もそうだ。本の帯に「若き俊英・阿津川辰海が贈る、ラブコメ×本格ミステリ連作短編集!」とあるではないか。実際に読んでみると、たしかにラブコメ要素はあるが、ほとんどの話が殺人事件を扱っているので、コメディ色は薄く感じられる。しかし恋愛を、このような形でミステリと組み合わせてみせたのは、作者の独創といえるだろう。きわめてユニークな恋愛×本格ミステリなのである。

 本書は全六話で構成されている。第一話「死者からのメッセージ」はプロローグだ。名探偵に憧れている瀧花林は、鶴戸第一中学校の二年生。幼馴染で同級生の幣原隆一郎に絡むことが多い。理由は隆一郎の特異体質だ。どういうわけか隆一郎の好きになる女性は、必ず何らかの犯罪に関与しているのである。「悪女レーダー」の持ち主である隆一郎が、誰かを好きになれば、犯罪事件に関与できる。そして名探偵としての能力を発揮できる。そのような思惑で、隆一郎に絡むのである。

 そんなある日、花林は隆一郎が、クラスのやって来た教育実習生の近野ゆいなを好きになっていることに気づいた。なりゆきで花林と隆一郎はゆかりと、同じクラスの麻倉梓の四人で旧校舎に行き、化学の堀田汐里先生の他殺死体を発見。しかし現場は密室であった。

 この密室の謎は、花林の推理であっさり解決。謎の焦点は、現場にあったトランプのキングに書かれていた〝azu〟である。そう、本作はダイイングメッセージものなのだ。上手いなと思ったのは途中で花林に、「ダイイングメッセージって、実は私、そんなに好きじゃないんだよね。こんなの言ったもん勝ちじゃん。死に際なのにこねくり回す意味を分からないし」といわせていること。私も花林の意見に全面同意である。だが、これを名探偵役にいわせたことにより、逆に、本作のダイイングメッセージの答えが受け入れやすくなっているのである。花林の推理もいい。

 さて、次の第二話「四月はアリバイ狂騒曲」から、舞台は墨田区にある領国高校に移る。花林と隆一郎は、同校の二年生。隆一郎は花林と違う高校に行くつもりだったが、それに気づいた花林が追いかけてきたのだ。まるでストーカーのようだが花林は、とにかく事件にかかわりたいだけ。それに巻き込まれることを嫌う隆一郎との関係は、なかなか複雑である。そして高校でも殺人事件が起こる。

 面白いのは花林が、隆一郎の好きになった相手が犯人であることを前提として、捜査と推理を進めること。変形の倒叙ミステリとでもいえばいいのか。特殊な設定を生かしたストーリーが素晴らしい。また、この話から隆一郎を好きになり、花林をライバル視する坂巻千棘が登場。彼女も重要人物となる。

 さらに第三話「キミが犯人でなければ」は、それまで読者が受け入れきた基本設定が利用される。第四話「海岸通りでつかまえて」は、よくこんなことを考えると感心する錯綜した状況で、花林の推理が冴える。論理の積み重ねにより、殺人事件の犯人を指摘する場面は、本格ミステリの魅力に満ちているのだ。第五話「ポイズン・レター」も、隆一郎が花林を頼るという、意外な発端とその後の展開が楽しめた。

 そして第六話「あなたの愛を……」は、隆一郎が千棘と付き合い始め。花林が困惑する。千棘の家のホームパーティに行った花林たちだが、そこで殺人事件が発生。詳細は省くが、ラストを飾るに相応しい凝った内容だ。恋愛を重要な要素にしたミステリは、E・C・ベントリーの古典『トレント最後の事件』から現在に至るまで、星の数ほど書かれている。本書はその最新型であり、恋愛ミステリの新たな可能性を示した作品といっていい。阿津川辰海、やはりとんでもない作家である。

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