杉江松恋×千街晶之×若林踏、2023年度 国内ミステリーベスト10選定会議 栄えある第1位の作品は?

2023年度 国内ミステリーベスト10選定会議

東野圭吾と京極夏彦の作品はどう捉える?

千街:私が今回1位に推したのは『魔女の原罪』なんです。しかし、『本格ミステリ・ベスト10』では20位以下など意外に振るわなかった。これはぜひ3位以内には入れたいです。

杉江:なるほど。事前採点で評価が高かったのは『あなたが誰かを殺した』と『エレファントヘッド』でした。『エレファントヘッド』に千街さんは点を入れていないんですが、評価はいかがですか。

千街:白井智之は2022年の1位になった『名探偵のいけにえ』(新潮社)が素晴らしすぎたと思うんです。それもあって、評価はそれほど高くはない。あの人を人とも思わないトリックから逆算して話を構築したところは凄いとは思いますが。

杉江:わかりますが、『名探偵のいけにえ』とは別の評価軸もあるのではないかと。『エレファントヘッド』は多重解決という技法とはどういうものかを構造的に分析するところから始まっている小説で、私はそこを買っています。

若林:スタート地点となる発想が『名探偵のいけにえ』と比べても尖っていますよね。その点で『魔女の原罪』と比べる視点もあるかと思います。『魔女の原罪』の五十嵐律人は現役の法律家で、リーガルスリラーというミステリーのサブジャンルにおいてどんな新しいことができるかに挑戦している書き手です。これまでの法廷小説の書き手とは異なる、斬新な切り口でサブジャンルを発展させることに熱心な作家だと思います。

千街:私が順位をつけた基準は、作家の中でその作品がどれくらい上にくるか、ということなんです。『あなたが誰かを殺した』は東野圭吾の中で間違いなくここ10年のベストでしょう。京極夏彦『鵼の碑』は〈百鬼夜行〉シリーズ17年ぶりの新刊というありがたみはあるものの、シリーズ中でそこまで他を圧する作品ではない。

杉江:ミステリーとしてはそうかもしれませんね。『鈍色幻視行』と同じで、小説としては総合的なおもしろさがある作品ですから。

千街:私も、17年待ったという思い入れがあるから、作品を冷静に判断できてないかもしれないんですよ。中禅寺秋彦が出て来てしゃべっているだけで嬉しいというのはあります(笑)。

若林:私は、『可燃物』は『鵼の碑』より上にしたいと思います。ミステリーの連作短篇集としては非常にストイックなことをしている。探偵のキャラクターなど、キャッチーな要素をここまで削ぎ落しても謎解きミステリーの根幹は残るし、手がかり呈示の仕方を考えればいくらでもバリエーションがは書けるということを示した。その鋭さを評価したいと思います。『魔女の原罪』と比べても上でいいと思うが、すでにあちこちで高く評価されているので、あえてベスト3にはこだわりません。

杉江:この中で『あなたが誰かを殺した』は唯一3人が推した作品なんですよね。千街さんが別のところで指摘していましたが、過去作と比べても〈探偵ガリレオ〉シリーズ『聖女の救済』(文春文庫)以来の大胆なことをしています。

若林:加賀恭一郎シリーズには以前『どちらかが彼女を殺した』『私が彼を殺した』(講談社文庫)という作品があり、これは最後まで犯人が明かされず読者に推理させるという飛び道具のような趣向に挑んだことで話題になりました。タイトルはそれを踏襲しているんですが、本作はそうした飛び道具を使わず、さらにその2作よりも上を行っている。東野作品全体でも間違いなく上位に来る作品でしょう。

杉江:ここ10年ぐらい、内外のミステリー界ではアガサ・クリスティー的な手法に注目が集まっています。事件関係者がみんな嘘をついていて、それが暴かれることによってそのキャラクターの隠れていた一面が明らかになっていく。キャラクターを立体的に描くことが謎解きの軸になっていくわけです。東野さんはそういう技法にはそれほど重きを置かない方だったと思うんですが、この作品ではキャラクターのミステリーをやっている。あえて挑戦したのだと思います。

千街:各種ベストテンでも『可燃物』がなければ1位になっていたでしょうね。

栄えある1位に選ばれたのは……

杉江:『魔女の原罪』の試みも、もっと評価されるべきだと思います。何を言ってもネタばらしになってしまうので説明しづらいのですが、そんなことまでするんだ、という奇想の部分と、それが現実にできてしまうかもしれないというリアリティとが両方あって、それが小説の完成度につながっています。新奇さでは、もしかすると『エレファントヘッド』を凌ぐかもしれない。

若林:私も『魔女の原罪』は推していいと思っています。さっきも言ったように五十嵐律人という作家がリーガルスリラーというサブジャンルの可能性を拡張することに挑んだ作品で、しかもご自身の過去の作品とはこれまた異なるアプローチを取っている。

杉江:『あなたが誰かを殺した』はミステリー史の伝統に忠実な技巧で、先行作家が試みてきたことを現代のパーツでやっているという印象です。『魔女の原罪』は、何が起きているかを見せずに叙述を進めていき、作者の最も語りたいところまで読者を誘導するという技法が冴えていますね。

千街:何が起きているかわからない不安を描く小説ですね。

杉江:綾辻行人『Another アナザー』(角川文庫)が代表例ですが、作中で何が起きているかわからないことが謎の核となる作品というものをを、日本ミステリーはここ20年ぐらい大事に育ててきました。その技法を用いたという意味では、非常に現代的な作品なのかもしれませんね。ここは、『あなたが誰かを殺した』と『魔女の原罪』のどちらを取るかで、2024年のミステリー界にどうあってもらいたいかという評者の意志が見える場面だと思います。

千街:私は『魔女の原罪』が1位でしたが、もしかするとがんばっている若手を応援したいという判官贔屓的な気持ちがあるかもしれません。難しいですが、せっかくでしたら『魔女の原罪』を推したいですね。

若林:私もです。今までないことをやり遂げたというチャレンジャー精神を取りましょう。東野さんには、ここからさらに『容疑者Xの献身』(文春文庫)を超える作品を書いてくれるかもしれないという期待感があります。

杉江:『魔女の原罪』は本当にネタばらしなしに作品紹介がしにくい作品なんですよね。言及が難しいということは、到達度が高いということでもあるでしょう。他の人にも読んでもらいたいという意味で、私も『魔女の原罪』です。

 

 というわけで、次点まで含めた順位、以下の通りに決定しました。ぜひ読書の参考にご活用ください。

1位『魔女の原罪』五十嵐律人(文藝春秋)
2位『あなたが誰かを殺した』東野圭吾(講談社)
3位『エレファントヘッド』白井智之(角川書店)
4位『可燃物』米澤穂信(文藝春秋)
5位『鵼の碑』京極夏彦(講談社ノベルス)
6位『悪逆』黒川博行(朝日新聞出版)
7位『11文字の檻』青崎有吾(創元推理文庫)
8位『化石少女と七つの冒険』麻耶雄嵩(徳間書店)
9位『鈍色幻視行』恩田陸(集英社)
10位『幽玄F』佐藤究(河出書房新社)
次点『アミュレット・ホテル』方丈貴恵(光文社)

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