翻訳ミステリファン驚倒! 圧巻の研究書『ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション』

翻訳ミステリ叢書の研究書兼ガイドブック

 とんでもない本が刊行された。川出正樹の『ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション 戦後翻訳ミステリ叢書探訪』(東京創元社)である。戦後の翻訳ミステリ叢書の研究書兼ガイドブックだ。多数の叢書を刊行順にならべ、その魅力を語り尽くしているのである。「あとがき」に「企画段階でまず頭に浮かんだのは、初回と最終回の訪問先だ。植草甚一で幕を開け、瀬戸川猛資で幕を閉じる」とあるように、植草甚一監修の【クライム・クラブ】を冒頭に置き、瀬戸川猛資が編んだ【シリーズ 百年の物語】で締めくくろうとしたようだ。しかし刊行順ということで、【クライム・クラブ】の前に【異色探偵小説選集】と【六興推理小説選書〈ROCCO CANDLE MYSTERIES〉】が紹介されている。これを見ただけでも著者が、厳密な姿勢で本書に取り組んでいることが分かるのである。

 それにしても著者は、本書のためにどれだけの時間を費やしたのであろう。膨大な読書量。海外にまで及ぶ資料の渉猟。各叢書の関係者や情報を持つ人へ取材する熱意。それがあったからこそ、今まで知らなかった事実を、山のように盛り込むことができた。翻訳ミステリに詳しい人こそ、驚倒せずにはいられないのだ。

 なかでも個人的にもっとも驚いたのが、【世界秘密文庫】の項だ。「収録作品の原題も作者も不明な上に、全部で何巻刊行されたかすら定かではない」という叢書の実態に肉薄しているのである。叢書の成立過程の追究や、各作品の原作を確定する過程がスリリングで、実に興奮させられる。翻訳ミステリの歴史に興味のある人なら、この項を読むためだけに本書を購入する価値がある。

 などと書くと、お堅い研究書だと思い、敬遠する人もいるかもしれない。実際、お堅い研究書なのだ。しかし著者の語り口が巧みであり、楽しく読むことができる。さらに翻訳ミステリのガイドブックとしても有用なのだ。各叢書に収録された作品だけでなく、その作者の別の作品にまで目を配り、どんどん内容が紹介されていく。現在は絶版であり、忘れ去られた作品も、当たり前のように取り上げているのが嬉しい。

 たとえばミステリとSFがごちゃまぜの【Q‐Tブックス】で出た、フランク・ケーンの通俗ハードボイルド『弾痕』のストーリーに触れながら、「〝弾痕〟を手がかりにラスト五十ページにわたって真相を解明するシーンが圧巻。忘れられた佳作といっていいだろう」と書いている。通俗ハードボイルド好きの私としては、大喜びである。なお、【Q‐Tブックス】で刊行されたミステリは全冊持っていると思っていたが、付されている叢書の収録作品リストと所持している本を突き合わせたら、リチャード・ジェサップの『英国情報部員』を持っていないことが判明した。どこかで見つけて買わなければ。

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