「AIと人間は言語の学習において、正反対のアプローチを採っている」 ベストセラー新書『言語の本質』著者インタビュー

異例のベストセラー新書『言語の本質』

なぜ、オノマトペが注目されるのか

秋田喜美氏

――先生方は記号接地の謎にオノマトペを使って迫ろうとしています。オノマトペとは、「ぐつぐつ」「びちゃびちゃ」「キラキラ」などといった、感覚的なイメージを音で写し取った言語表現ですが、それが言語習得の謎を解く鍵になるとは驚きです。オノマトペは言語学において長らく重要視されていなかったのが、近年では世界中で研究対象となっているそうですね。

今井:文化人類学と言語学の中間にある領域の人たちが、世界の言語を発掘する中で、世界中にオノマトペがあることを発見しました。そして、なぜ世界中に同様にオノマトペということばがあるのか、意味を考え始めたのがきっかけではないかと思います。

秋田:2001年にラマチャンドランとハバードという著名な神経科学者たちが論文を出しました。彼らは、「ブーバ」という名前は曲線的な図形に、「キキ」という名前は尖った図形に合っていると感じる人が多く、この感覚が言語の進化と関わっているのではないか、と指摘します。いわゆる「アイコン性」の例ですが、これが脚光を浴びたのが、同じくアイコン的な性質を持つオノマトペが注目されるようになったもう一つの理由でしょう。

 伝統的な言語学では、記号の形式と意味は基本的に恣意的だと考えられていました。例えば、猫を「neko」という音で言い表すのはまったくの偶然であって、別に「neko」でなくても何でもいい。ところが、昨今ではその考えが疑われ、注目されたのが言語の身体性やアイコン性です。その両方をあわせもつのが、オノマトペです。実際、オノマトペには世界中の言語に共通性が見られて、その発音自体に意味があり、知らない言語でもなんとなくなら意味がわかる。例えばナイジェリアのイボ語では、クリアファイルのような滑らかな手触りを「ムルムル」と言うのですが、確かに粗いというよりは滑らかですよね。また、オノマトペ以外でも、その地域で主食とされる食べ物は「パ」や「マ」から始まるものが多くて、日本語の赤ちゃん言葉である「まんま」とも通じます。オノマトペは音自体に意味があって、それが赤ちゃんでもわかるとなると、そこから記号接地して、アブダクション推論によって言語の体系を作り上げるのではないか、という仮説が描けるわけです。

――対するAIはオノマトペを作り出せるのでしょうか。

今井:ある程度は可能でしょうが、身体に根差したものができるかどうかは、疑問ですね。「ゆる言語学ラジオ」の「JAPAN AKACHAN'S MISTAKE AWARDS」で、3歳児がショベルカーを指して「ばよっばよっばよっ」というオノマトペを作り出しました。非常に印象深いオノマトペです。ショベルカーのような大きくて破壊力があるものに対して「ば」を使ったり、小さい「っ」で勢いや動きを出すというパターンが、すでに3歳児の中に蓄積されている。オノマトペの音と意味の結びつきを抽象化し、無意識に推論して、スッと出せるのが子どもの凄いところです。

秋田:AIにもオノマトペを作成できるはずですが、その場限りで突発的に創り出されるオノマトペや、理解するのに主観的な触覚経験を必要とする「ぷにゅっ」みたいなものまで作れるかどうかがポイントですね。いつかできるようになるとしても、質的にも量的にも相当豊かなデータを集めなければいけないのではないかと思います。

今井:「ぷにゅっ」も触ってみてわかる感覚ですよね。物質に触れないAIが、「ぷにゅっ」みたいな言葉を、記号と記号の関係性だけで作り出せるでしょうか。あと、オノマトペは感情に強く結びついているため、書き言葉よりも口語で出やすい特徴があります。したがって、ビジュアルと結びついても、感情と結びつけられなければ記号接地できません。どこまで人間の感情をわかっているふりができるか、それをやっているのが現時点のAIではないでしょうか。

「ぱおん」と「ぴえん」から見る言語の進化

――オノマトペといえば、漫画には特にたくさん出てきます。日本の漫画の表現の豊かさを作っているのは、オノマトペもその要因と考えることはできませんか。

秋田:漫画は、オノマトペがあることで五感で味わうことが可能になります。「ぷにゅっ」という擬態語が書いてあれば、日本語話者なら具体的な触感が呼び起こされます。しかし、日本の漫画が海外で出版される際、「ぷにゅっ」に相当するオノマトペがないので、英訳せずにそのまま「PUNYU」と書いていたりします。「SOFT」や「GELATINOUS(ゼラチン状の)」のように訳すこともできますが、それだと「ぷにゅっ」という音の感覚が消えてしまうので、「訳さない」という決断になるのでしょうね。ちなみに、英語の漫画でも、「SWISH」など、擬音語ならたくさんあるので、そこら中に出てきます。

今井:実は日本の漫画を読みたくて、オノマトペを勉強している海外の若者もたくさんいるんですよ。

秋田:日本の漫画を読んでいると無数に出くわす、あの独特のオノマトペが気になるのでしょうね。それらが何を意味しているのかわからないということで興味を持ってくれるのかな。赤ちゃん言葉のように聞こえるのに、「ぷにゅっ」というたった数音で日本人が触感の詳細まで感じてしまうのを、不思議に思うのかもしれませんね。

――ゾウの鳴き声のオノマトペ「ぱおん」が、最近では新しい意味で使われていますよね。こうした言語の意味の変化について、先生方はどのように感じていますか。

今井:アイコン的であり、同時にそれが人間の想像力によって拡張されて恣意性を帯びていく過程を示す好例だと思います。「ぱおん」は以前からゾウの鳴き声のオノマトペとして存在しますが、昨今で特徴的なのは悲しさを表す「ぴえん」という言葉の発展形として「ぴえん超えてぱおん」などと使われている。「ぴえん超えてぱおん」は「泣く」という普通のオノマトペを洒落た表現にしていますし、「ぱおん」も「ぴえん」も音の特徴がマッチしています。母音が小ささを表す「い」から大きさを表す「あ」になって、コントラストが作られているのも、オノマトペの特徴が現れた見事な例です。

秋田:言語を面白くしたいという動機がよく表れていますよね。ゾウの鳴き声としてもともとあった「ぱおん」を人の泣き声に用いると、人を動物に見立てる形になるので、どこか可愛らしく滑稽なニュアンスが出ます。「きつねダンス」なんてのも流行りましたが、人を動物に喩えるというこのお馴染みのメタファーに、「ぱおん」のようなオノマトペが投入されることで、さらなる創造性と面白さが生まれるわけです。既存の言語に、時代ごとに新しい意味が付与されていく様子をリアルタイムで見るのも、言語学を学ぶ面白さであり醍醐味だと思います。

――ありがとうございました。最後に、先生方が好きなオノマトペを教えてください。

秋田:西アフリカのシウ語に「シニシニ」というオノマトペがあります。籠を綺麗に隙間なく編んだ状態を指すらしいのですが、日本語にありそうでない表現です。

今井:「ゆるゆる」ですかね。理由はゆっくりしたいから(笑)。まさに自分が今、求めているもの。

――忙しい今井先生は、まさにいま「ゆるゆる」したいと感じておられるわけですね。オノマトペが感情と結びついているとわかる、好例だと思います(笑)。ありがとうございました。

■書籍情報
『言語の本質-ことばはどう生まれ、進化したか』
著者:今井 むつみ、秋田 喜美
発売日:2023年5月24日
価格:¥1,056
出版社:中央公論新社

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