「小説に書かれることは必ずしも道徳的に正しいことではない」 葉真中顕が語る、読み手と書き手の共犯関係

葉真中顕が語る、読み手と書き手の共犯関係
葉真中顕『ロング・アフタヌーン』(中央公論新社)

 『ロスト・ケア』や『絶叫』など、現代社会を鋭く抉り出す小説家、葉真中顕の最新作『ロング・アフタヌーン』が刊行された。

 本書は、50代の女性、志村多恵の書いた私小説を通して、現代に生きる女性たちの連帯を描いた作品だ。編集者の葛城梨帆は志村の小説を読み、彼女の人生と自分と重ね合わせることで連帯を深めていくが、小説に書かれた内容が事実であるのかをめぐり、謎が展開していく。ジェンダーに関する問題意識を含み、安易な正しさに回収されることなく、「読むことと書くこと」による連帯を描く意欲作だ。

 今回、著者の葉真中氏に、本書について話を聞いた。(杉本穂高)

作中作をいかに解釈するか

――大変面白かったです。冒頭の作中作である小説『犬を飼う』の内容が非常にパンチが効いています。

葉真中:最初に大きなインパクトを用意しようと思って書いたので、そういう風に言っていただけて嬉しいです。この作品は、その作中作をどう読むのかが大きなポイントになっています。

 『犬を飼う』はある種の有害な男性性を告発するような内容で新人賞の選考会で色々な意見が出てくるわけですが、決して男性性批判だけではないんです。この話をどう読むか、というところからある種のメタ構造を用意して、さらに読み進めていくと、もう一本の作中作が出てきて『犬を飼う』がどういう人物がどういう動機で書いたのかわかるようになっています。

 それを読むと、最初に読んだ『犬を飼う』の印象も変わってくるはずで、読者に考え方を用意し多重な意味を作品全体に与えようと思いました。

――インパクトのある作中作から始まり、それを読む人たちが小説内で登場する、読者自身もそれを読んで、どう解釈するのか突き付けられるわけですね。作品内の読み手の一人が、主人公の編集者、葛城梨帆です。彼女は1986年生まれの設定で、この年は男女雇用機会均等法が制定された年として作品内で紹介されています。

葉真中:最初に、小説を投稿する志村多恵というキャラクターができて、世代の違う人を読み手として出したいと思いました。そして、フィクションを通じて連帯しあう作品にしたかったので、共通点として職業は編集者に、そして、働き盛りの年代として30代前半に設定して86年生まれになりました。私は作品内に固有名詞をよく出すので、年代についてはエクセルで年表を作って細かく盛り込んでいくんです。

――女性の物語にしようと最初から決めていたのですか。

葉真中:そうですね。自分より上の年代の女性の物語がすくないので、そういう世代の人を主人公に書きたいと思っていました。男性なら若者も中年も主人公になっているし、女性は30代くらいまでならたくさんありますが、それより上だと少ないですよね。近年増えてきていると思いますが、それでもまだ語られていない物語がたくさんあって、それは書く価値があると思っています。

 葛城も含めて2人の女性を書くとなったら、テーマとしてはジェンダーの話をすることになるので、そこから細かい話を作っていきました。今は、男性を書いてもジェンダーの話題は避けられないものだと思っていますが、女性の主観で物語が進む場合、そのテーマにより迫っていくことになります。

――葉真中さんの作品は、家父長制や男性優位社会の犠牲になる女性がよく登場しますね。

葉真中:そうですね。家父長制や有害な男性性への疑いは、私の中にナチュラルにあるもので、自分自身がそういうものを息苦しく感じているんです。その反面、私自身は男性のシスジェンダーで既得権益側にいるという意識もあります。一方で、そういうものを何でもかんでも破壊していいのだろうかという戸惑いもあって、有害な男性性に疑いは持つし、家父長制の抑圧の被害者も書くけど、単純に男性が加害者なのか、という点も書きたいんです。

――被害者と加害者は簡単に分けられるものではない、時にそれは逆転してしまう。そういう瞬間が葉真中さんの作品にはよく出てきます。

葉真中:私はこうだと言い切りたくないタイプなので、解釈は読者に委ねますが、主観と客観の逆転とか被害と加害の逆転などを常に盛り込みたいと思っています。

ヘイト本と表現の自由


――本作のもう一人の重要人物、風宮華子も面白いキャラクターですね。売れない小説家が、はっきりものを言うエッセイで人気が出て、次第にヘイト的な言説に向かってしまうという。

葉真中:風宮には割と思い入れがあります。最初は葛城を困らせるために作ったキャラクターだったんですが、私もこの世界で10年続ける苦労を知っていますから、最初の想定よりも出番が増えました。葛城と風宮も一緒に本を作っていたという強いつながりがあったことをしっかり書きたいと思うようになったんです。風宮のエピソードは、一種の出版業界内幕もの、あるいはお仕事ものとして読めると思います。彼女は『凛として』という新書がヒットするんですが、さらに『もう一度、凛として』、その次は『それでも、凛として』と立て続けに続編を出すという、本当によくある話というか(笑)。

――彼女の本は、内容がどんどんヘイト方向に寄っていくわけですが、これは葉真中さんの出版業界に対する問題意識が出ているのでしょうか。

葉真中:思うところはあります。ヘイト本が出版業界全体を支えているとまでは言いませんが、これだけ出版が厳しい時代になると、何でもいいから売れるものを出すという会社は出てきますし、売れることを否定しても何も始まらないとも思うんです。もちろん、差別を助長するものを無批判に垂れ流していいわけじゃないですが、難しい問題です。

 さっき、お仕事要素という話をしましたが、望まずにそういう本に関わっている人もいるんです。編集者に聞くと、版元がやっていることに必ずしも賛同しているわけじゃないとか、週刊誌を持っている大手版元の文芸部では、記事に作家からクレームがくるなんてよくある話です。なので、売れればいいという論理の中で仕事せざるを得ない現実の部分も書きたいと思って、そこにも色んな意味を持たせています。

 ただ、ヘイト本に関してはだいぶ落ち着いてきたし、いわゆるネトウヨ界隈もアメリカ大統領選あたりから分裂し始めています。これが良い方向に進めばいいですが、世の中のモードが一定ではないので、これからも時代を掴んで話に盛り込んでいきたいです。

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