竹内涼真×町田啓太『10DANCE』はなぜ世界を熱狂させるのか 「スポーツもの」とも「BLもの」とも一線を画す作品の魅力

竹内涼真×町田啓太『10DANCE』に世界熱狂

※本記事は漫画・実写映画『10DANCE』の内容に触れる部分があります。未読・未視聴の方はご注意ください。

 Netflixで2025年12月18日に配信が開始されるやいなや、「Netflix週間グローバルTOP10(非英語映画)」で4位を獲得し、日本国内のみならず世界で注目を集める実写映画『10DANCE(テンダンス)』。井上佐藤による人気BL漫画を原作とし、『るろうに剣心』シリーズの大友啓史監督がメガホンをとった本作は、競技ダンスの世界を圧倒的な映像美で描き出している。

『「10DANCE」|予告編|Netflix』youtubeより

 主演を務めるのは、竹内涼真と町田啓太。今をときめく実力派の二人が、野性味あふれるラテン部門の国内王者・鈴木信也と、冷徹なスタンダード部門の国内王者・杉木信也をそれぞれ演じ、汗とプライド、そして言葉にできない愛をぶつけ合う姿は、まさに観る者の心を揺さぶる「官能の儀式」だ。特に劇中、杉木が鈴木を強引にリードした際の台詞「#お姫様になれましたか」というワードがSNSでトレンド入りしたシーンは、オラオラ系の鈴木が初めて相手に身を預ける“お姫様”へと変貌する瞬間として、視聴者を狂おしいほどに虜にした。

 竹内は1月5日、別作品の会見で「僕はありきたりな作品はもうやりません」と力強く宣言していたが、その言葉通り、本作は既存の「スポーツもの」や「BLもの」の枠にはまらない、魂の響き合いを描いた一作となっている。

 しかし、アジアカップでの即興ダンスを経て「決勝で会おう」と誓い合った映画版の眩いラストは、原作漫画の物語と比較すると、かなり大胆なアレンジが加えられた、いわば「パラレルワールド」とも呼べる内容になっていた。

 物語が現在進行形で続いている「未完」の原作に対し、映画版は一つの区切りとして、二人が互いの実力を認め合い、希望を感じさせる「約束」で幕を閉じる。しかし、原作におけるこの時期はむしろ「身を切るような別離」の始まりとして描かれている。原作の二人は、世界で勝つために「今の関係ではこれ以上伸びない」と判断し、あえて練習パートナーを解消。杉木が鈴木を突き放すようにして個々の修行期間に入るという、ヒリヒリとした展開が待っているのだ。

 さらに、映画版では物語のトーンを整えるためにカットされた「重すぎる設定」も存在する。その最たるものが、鈴木の新しいコーチでありパトロンでもある男性、ノーマンの存在だ。映画の鈴木は真っ直ぐな挑戦者だが、原作の鈴木はもっと「サバイバー」としての側面が強く、世界レベルの指導を受けるためにノーマンと肉体関係、いわゆる愛人関係を持っていたことが示唆されている。これは華やかな競技ダンス界の裏にある格差やパトロン制度を突きつけるシリアスな設定だが、原作で鈴木が杉木と対等に向き合うためにこの関係を清算するシーンは、彼がすべてを捨てて「愛」を選んだという最大の証明になっており、読者の胸を締め付ける。こうしたドロドロとした人間臭い背景が削ぎ落とされたことで、映画版はBLというジャンルにとどまらない「魂の結びつき」に純化したスポーツ映画としての美しさが際立っていた。

 キャラクターの造形についても、映画と原作では異なる色気が漂う。杉木は、映画では不器用な完璧主義者という「理想の王子様」に見えるが、原作ではよりストイックで「変態的」ですらある。原作で二人が恋人同士になった際、杉木は「大会が終わるまでは(肉体的な営みを)しない」という衝撃の禁止令を出す。性的フラストレーションこそがダンスの燃料になるという彼の理論はまさに狂気だが、この歪んだ愛情表現こそが原作の真骨頂なのだ。

 映画版では惜しくも未収録となった、銀座の路上で無音の中で踊る「別れの舞」や、レストランで椅子に座ったまま足の動きだけでリードし合う「非接触のセックス」と称されるチャチャチャなど、原作の名シーンを知ることで、映画の解像度はさらに上がっていく。世界を熱狂させた映画『10DANCE』を入り口に、竹内が選んだ「ありきたりではない」原作の深い深淵に触れることで、二人の男が刻んだステップの真の意味が見えてくるはずだ。

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる