「さとなお」こと佐藤尚之が語る、AI時代のマーケティングと明るい未来 『AIに選ばれ、ファンに愛される。』インタビュー


元大手広告会社のクリエイティブ·ディレクターで、現在は株式会社ファンベースカンパニー創業者/取締役会長として活躍する佐藤尚之(さとなお)の新刊『AIに選ばれ、ファンに愛される。 変わる生活者とこれからのマーケティング』(日経BP)が2025年12月21日に発売された。その名のとおり、これから本格化するAI時代にどのようなマーケティングが必要になるかを考える本だ。
佐藤はAIの進化·普及を「マーケティングという概念ができて以来最大の事件かもしれない」と表現する。AIを味方につけた「世界一賢い生活者」は、買い物の際にまずAIに「どの商品が良い?」とたずね、無数の候補のなかから3~5個の高品質でコスパの良い商品をサジェストさせる。そんな世界では、資本力を武器にする巨大企業が圧倒的に有利になる。しかし、「その他大勢」になるかもしれないわれわれもモノを売って暮らしていかなければいけない。一体どうすればよいのだろうか?
佐藤は広告会社時代にいくつもの広告賞を受賞、独立してみずからの会社を立ち上げたのちも本業と連動したマーケティング論の著作を世に送り出してベストセラーにしてきた。そんなクリエイティブ業界の大物に、待ったなしでおとずれる近未来の社会とこれからのマーケティングについて聞いた。
マーケティングは「伝えたい相手」がすべて

佐藤:いつもぼくが見ているのは、手法ではなく「伝えたい相手」のことです。一般的に言えば「消費者」で、ぼくは消費するだけのひとはこの世にいないと思っているので「生活者」と呼んでいるのですが、大事なのは「生活者がどう変わったのか」だけ。生活者が変わったのであれば、伝え方を変えないといけない。
前段から話すと、『明日の広告』で前提にしていたのは「ネットの普及で生活者がとてつもない情報量に囲まれるようになった」という状況でした。それによって、20世紀的な「テレビや新聞などのマスメディアで商品の広告を打てば多くのひとに伝わってものが売れる」というやりかたが通用しなくなってきた。なので、その状況に対して広告をどう変えていくかを書きました。
さらにその後、SNSが一般的になったうえにメディアもコンテンツもさらに増え、「広告の仕事はもう意味がないのでやめようかな」と思うくらいの状況になりました。ただ、そのなかでもデータを見ていたら生活者が圧倒的に信頼している情報源がひとつだけあった。それが家族や友人からの口コミです。しかも、企業や商品の顧客のうち数で言えば2割にあたるファンのひとたちが、売上全体の8割を支えていることもわかりました。ということは、商品の売上は「ファンたちを中心にしたコミュニケーションをいかに再構築するか」にかかっている。そこでそのための方法を書いたのが『ファンベース』でした。
そして、2023年に生成AIが出てきた。当時からぼくは「生活者が買い物のときにAIを使い出したら、マーケティングやコミュニケーションがすべて変わる」と思っていました。これは「AIで仕事のあり方がどう変わるか」の話というより、「AIで生活者がどう変わるか」の話です。ぼくのいる広告業界やマーケティング業界では「すべてが生成できる時代にどうやって広告づくりを効率化するか」というような話がされがちなのですが、極端に言えばそれはどうでもいい議論。そもそもAIの出現によって生活者が一瞬ですべてのレビューを参照する時代がきたら、「広告」という概念そのものに意味がなくなるかもしれないじゃないですか。それなのに広告づくりの効率化を考えてどうするんだと。
――「AIは人間の仕事のうちどれを代替するのか」というよく聞く議論ではなく、「AIを手にした生活者はどうなるのか」から考えることが大事だということですね。その問題意識は2023年当時から持っていたのでしょうか。
佐藤:はい。いまでも思い出すのは、当時広告会社幹部たちとの飲み会で、「絶対これからはAIが口コミを参照しはじめるし、他方でAIはサクラの口コミもたくさん生成するようになるから、どれが本当の口コミかを識別する『not AI認証』のようなもの作ったほうがいい」という話をしたことです。みんな口では「なるほど、そうだよね」と言っていたものの、結局それよりもAI活用のほうばかりに向いている。
いまと違って当時のAIはまだあまり使い物になりませんでしたが、幾何級数的に賢くなっている最中だということはわかっていたし、オープンAIなどの企業が大規模な投資を進める流れなのもわかっていました。なので、どう考えてもAIの進化はかなりのところまで進むだろうと。そうなると、当然みんながAIを買い物に使い出す。わかりやすいのは、車のような高額商品です。失敗したくない買い物をするとき、AIがあるならそれを使ってスペック比較やレビュー比較、AI自身の分析を参照するのは自然なことですよね? そして、これからさらにAIが進歩·普及してなにかを尋ねるコストが下がれば、安い商品にもそれが当てはまっていくことになる。生成AIが広がりはじめてから2年経ってもこの視点で話をするひとがほとんどいないので、逆に自信を失いかけているくらいです(笑)。
AI時代を生き残るための「ファンルート」と「顧客幸福度」

ただ、あえて意地悪な見方をすると、佐藤さんは『ファンベース』の著者で、実際に企業や地域によるファンベース実践を支援する会社も経営しています。AI社会の未来予測をご自身の立場に引きつけているのではないかと言うひともいると思うのですが、その点はいかがお考えですか?
佐藤:そう思うひとがいるのは仕方ないです。でも、ぼくは「もし違うルートがあり得るならそれを教えてほしい」と本気で思っています。9割9分の企業がAIに選ばれなくて潰れるかもしれないとなったときに、「じゃあどう生き残るか」を論理的に考えたら、この本で提示した「指名買い」という選択肢しか思いつかなかった。さきほども言ったように「生活者がこう変わるのであれば、伝え方はこう変えないといけない」ということしかぼくは考えていないので、もし違うルートを見つけることができたらすぐそちらに乗り換えます。
――なるほど。実際にファンベースに注力した経営でうまくいっている例にはどのようものがありますか?
佐藤:たくさんあって、そのうちのいくつかを『ファンベースなひとたち ファンと共に歩んだ企業 10の成功ストーリー』(日経BP)で紹介しています。ただ、正直に言えば「どんな例がある?」というのはインタビューで答えづらい質問ではあります。というのも、もし「こういうケースでファンたちを利用して売上が上がったんですよ」という“してやったり”のナラティブにされてしまうと、それはそもそもファン目線ではない。もちろん企業もそういう話にはしたくないし、ぼくがここで手短に話すべきことでもない。それに、いままでのマス広告の考え方であれば関心のないひとにいかに話題を広げるかが大事ですが、ファンベースはファンにアプローチする考え方なので、一般の人が知らなくても問題ないんです。ファンたちを利用するのではなく、ファンに喜んでもらううちに中長期的に自然と売上が上がって安定していく。
――そうなると、こういったウェブメディアでの取材記事もだれに届けるためにあるのかと考えてしまいますね。
佐藤:ウェブメディアでたとえるなら、とにかく目を引く見出しや写真でページビューを稼ぐというのは昔の広告モデルの発想です。そちらの未来はあまり明るくないかもしれませんが、良い記事をちゃんと出していれば、読んだひとがそのメディアや書き手のファンになる。そして、そのひとが周りに「いいサイトがあるよ」とすすめる。そうやって感覚が近いひとたちを中長期的にじっくり集めていくことができれば、ページビューもがくんとは落ちないし売上げも落ちない気がします。
ありがたいことに、『ファンベース』という本自体も7年かけて7万部にまで到達しました。まさに中長期的にじわじわと、ファンベースの考えにのっとった売れ方をしたんです。そうなるようにしっかりした内容を書いたつもりではいたので、実際にそうなって説得力を持たせられて良かった。
ただ、それでも説得力がないと感じるひともいると思うので、今回の『AIに選ばれ、ファンに愛される。』では客観的な指標も新しく取り入れています。
――第6章に出てくる「顧客幸福度」ですね。「◯◯(商品、サービス、ブランドなど)があることで、あなたはどの程度幸せを感じますか?」という問いへの答えを数値化したもので、これが「生涯ファン度」「推奨意向」「継続意向」「指名買い意向」といった重要な指標と強い相関を示すものだという内容です。『ファンベース』だと「推奨意向」が大事だという話がされていて、そこからさらに議論や調査が深まって今回の「顧客幸福度」が出てきた流れだと思うのですが、この指標は具体的にどのような経緯で浮かび上がってきたのでしょうか。
佐藤:もとから顧客幸福度という指標に話を落とそうと思いながら本を書いていたわけではないんです。第5章までを書いてAIルートとファンルートの中身を説明し終えたところで、「そういえば顧客幸福度との関係はどうなっているんだろう?」と思って調べてみたら他のいろんな指標と強い相関が出てきた。なので、そこを掘り下げていったという流れです。
もともと、顧客幸福度は日経クロストレンドのチームと連携してずっと調査していました。というのも、数年前から世界的に「これからはウェルビーイング、すなわち幸福度を測るのが大事な時代だ」ということが言われていたからです。G7でも、GDP(Gross Domestic Product=国内総生産)ではなくてGDW(Gross Domestic Well-being=国内総充実)を重視していこうという議論も出てきていました。いまはアメリカでトランプ大統領が再選したりしたこともあって、「もうそんな議論はいらないんだ」とちゃぶ台返しのような状況になっている部分もなくはないのですが、すくなくともその前までは「ウェルビーイングの時代」というトピックはけっこう大きいものだった。それに、ぼくはこの流れはまた戻って来るとも思っています。
明るい未来のために

佐藤:もうひとつ付け加えると、「長続きする」良好な人間関係ですね。パーティーでいま親しくなったひとと盛り上がって楽しいという話ではなくて、家族·友人·コミュニティとの長く続くいい関係性が幸せや健康につながっている。富や名声ではなく、長続きする良好な人間関係こそがじつは幸福のかたちで、それがAI時代に有効だと考えられるマーケティングの方向とも合致しているんです。これはとても希望が持てる話だと思います。
――他方で、トランプ大統領再選によるちゃぶ台返しという話もありました。いまはひとが触れている情報が多すぎて、たとえば政治の世界では「嘘をつきまくって、批判が来ても意に介さない」というやり方が逆に有利になっているように思えるときもあります。世界は悪い方向に向かっているのではないかと不安に思うひともいると思うのですが、それについてはどうお考えですか?
佐藤:まず、政治やある種の人間関係がそちらの方向に行く可能性はゼロではないと思います。ただ、すくなくとも買い物においては、企業が嘘を言って儲けてもそれがバレたら2回目3回目にはみんな買わなくなるし、レビューも世の中に出回る。買い物はそこの信頼関係がシビアなので、政治の話と買い物の話はいったん切り分けて考えるべきだと思います。そのうえでもうすこし広い話をすると、これからは口コミするひとのこともAIは過去の履歴を遡って見るようになります。すると、「信用できる口コミかどうか」は「そのひとが信用できるかどうか」とイコールになる。人間社会にとって最も重要なエンジンが信頼や誠実さにもう一度移るはずだと思っています。
「それはどうだろう」と思うひともいるかもしれませんが、ぼくは「不安なら自分から動けばいい」という考え方をしています。マーケティングで人びとの幸せを追求できるのであれば、それに邁進して世の中に良い影響を与えていけばいい。それに、もし世界が不可抗力で悪くなっていくのだとしたら単に諦めるしかないので、いずれにせよ不安がることには意味がない。この本を書いたことも含めて、良い世界をつくるためにやれることをやるだけです。
――励まされるような気がします。本やメディアの役割については、「問いを提起して読者と一緒に考えるウィズ型になるだろう」ともこの本で書かれていました。
佐藤:それもマーケティングとおなじで、「読むひとがどうなるのか」から発想しています。AIが普及して「世界一賢い読者」が生まれると、注目を集めるために派手な断言をしても「これは実際のところどうなのかな?」とすぐに検証されてしまう。さらに物事の解説や解決策の提示もAIがやってくれる。ということは、書いた時点で内容が止まるコンテンツやメディアの役割は「問いの提供」しかなくなるだろうと。
この本でも、たくさんの問いを提示しました。そして最後に、「この問いの続きを一緒に考えてきませんか?」というかたちで実際のコミュニティに誘う提案をして結びにしています。いわばひとつの実験として、これからの本のあり得るかたちを提示したわけです。そのコミュニティがうまくいってひとつのやり方を見つけることができれば、出版社もサブスクのようなかたちで生き残れるかなと思ったりもします。
――最後に、この本はマーケティングを仕事にしているひとはもちろん、それ以外のさまざまな方面に向けても書かれたものだと感じました。というのも、終盤の第7章で描かれるAI時代のシミュレーション事例には、企業だけでなく商店街や地方自治体の物語も含まれていたからです。どのような読者に読まれてほしいとお考えですか?
佐藤:おっしゃるとおり、伝えたい相手はいろんな分野にいますね。ぼくは地方の支社にもそれなりの期間いましたし、震災支援団体やアレルギー患者の団体をやったりもしています。そのなかで、「商品を売るためにAIをどう活用するか」なんて考える暇もなく日々を暮らしているひとたちがいるのも知っていて、その方々が気づかないうちに巨大な渦のようなものに飲み込まれてしまうのが嫌なんです。繰り返しになりますが、AIが普及したら、いろんな分野で巨大企業が売上を総取りして他のひとたちが苦労する世の中になる可能性がある。だから、「みんなで一緒に乗り遅れないための勉強をしませんか?」ということを最後に書いたわけです。AIは自分たちを豊かにする道具のはずなので、そんな未来を考えたいひとに届いてほしいですね。

■書誌情報
『AIに選ばれ、ファンに愛される。 変わる生活者とこれからのマーケティング』
著者:佐藤尚之
価格:2,200円
発売日:2025年12月21日
出版社:日経BP























