角田光代×Aマッソ加納が語り合う、使命と才能「一つのものを信じ続けられるということは強い」

角田光代×Aマッソ加納 対談

 角田光代の5年ぶりとなる長編小説『タラント』(中央公論新社)が、各所で話題を呼んでいる。片足の祖父、不登校に陥る甥、〝正義感〟で過ちを犯したみのり。心に深傷を負い、人生をあきらめていたみのりは、自らの使命/才能ーータラントをいかに再発見するのか。重厚なテーマと真っ向から対峙した本作は、人生の意味を考えるすべての人に響くはずだ。

 リアルサウンド ブックでは、かねてより角田光代の愛読者であり、自ら文筆家としても活躍するお笑い芸人・Aマッソ 加納との対談を実現。作中でも言及される「笑い」についての考察から、それぞれの職業との向き合い方についてまで、多方面に話が弾んだ。(編集部)

笑ってほしいと思うのは、エゴイスティックなのかもしれない

角田光代

加納:私はやっぱり芸人なので、作中の「笑い」の描写がいちばん心に残っているんですよ。いっこめは、主人公のみのりが大学時代に、ボランティアでカトマンズの小学校を訪ねるとこ。何をしても現地の子たちがいちいち笑い死ぬくらい笑うのを見て、ほかに刺激がないからなんじゃないか、日常におもろいことが何もないからなんじゃないか、って切なくなるとこ。もうひとつは、みのりのじいちゃんが、はじめて競技用の義足を履いて走ったときに、はじけるくらい笑ったとこ。読んでいて、いちばんぐっときました。

角田:ありがとうございます。カトマンズの描写については、実際、私が海外の貧しい地域に視察で訪れたとき、感じたことで。豊かな地域の子どもたちに比べて笑うことの多い彼等を見て、ふと、笑いたいんだろうなあ、と思ったんですよね。私たちにとっての「笑う」と彼らにとってのそれは、少し意味が違うのかもしれない、とも。

加納:芸人という仕事は、けっきょくのところ、誰かが笑ってくれればそれでいいんですよ。でも、自分がおもしろいと思っていることで笑ってほしいと思うのは、もしかしたらすごくエゴイスティックなことなのかもしれないな、と読んでいて思いました。

角田:それは、なぜですか?

加納:私はお笑いを突き詰めたい、人を笑わせたいと願ってはいるけど、その人がなぜ笑いたいかまで、考えることはなかった。でもそれって、今の日本が平和だからだと思うんですよね。昔読んだ、妹尾河童さんの『少年H』にも似たような描写があって。戦争がひどくなるにつれて、誰かがちょっとコケただけでも笑い転げるくらい、自分もみんなもどんどんゲラ(笑い上戸)になっていった。なんでこんなことで笑ってるんやろ、と思いながらも笑うしかない状況だった、と。カトマンズの子どもたちは、笑うしかないというのともまた違いますけど、「笑わせたい」と思うのはある意味、押しつけでしかないのかもしれないと思ったんです。「こんな切り口なら笑ってもらえるかな」と考えていられる今の状況は、かなりの贅沢なんだなということも。

角田:すごい!

加納:いやいや、すごくないです。すみません、偏った意見で。

角田:とても面白いです。あの……私はお笑いに詳しくないのですが、自分がおもしろいなと感じることと、実際に目の前でお客さんが笑ってくれることは、どれくらい合致するものなんですか?

加納:難しいですね……。ただ笑わせるだけなら、意外とそんなに難しくないんですよ。笑いにも定石みたいなものがあるので、そのとおりにやればまあ、だいたい笑ってもらえる。だけどそれじゃ、芸を仕事にする意味がないですよね。どれだけ自分のオリジナリティを加えて、自分じゃないとだめだというところにもっていくか、という勝負に出ると、びっくりするくらいウケることもあれば、死ぬほど滑ることもある。ふだん、お笑いはあまりご覧にならないんですか?

角田:私、本当に興味の幅が狭くて。オリンピックも観たことがなければ、コントも漫才も観たことがなくて……。

加納:え! 『タラント』はパラリンピックがテーマの小説ですよね? 観たこともないのに、どう書き始めたんですか?

角田:きっかけは、東京オリンピックの招致が決まったタイミングで、開催前に何かオリンピックにちなんだものを、と新聞小説を依頼されたことなんです。でも本当に、何も知らなかったもので、とりあえずどんなものなのかと調べてみたら、パラリンピックのほうに興味を惹かれまして。パラの歴史を調べていくうちに、もともとは傷痍軍人のリハビリとしてスポーツが活用されたところから始まった、というところに行きつきました。それが、ちょうどそのころ書きたいと思っていた〝命を使って生きる〟というテーマと結びついていったんです。

加納:すごい……。

角田:あ、でもお笑いは、やついいちろうさんと片桐仁さんが二人でやっている舞台を、3~4年前に観にいったことがあって。

加納:それが初体験ですか? だいぶマニアックな入口ですね(笑)。

角田:そうなんですか? ものすごくおもしろかったです。それが生涯初のコントですね。二度目が、AマッソさんのコントをYouTubeで……。

加納:うわあ、なんか、すみません!

角田:ものすっごくおもしろかったです。Aマッソさんはコントと漫才のどちらもやられるんですよね。どちらがやりやすいとか、あるんですか?

加納:全然別物なので、比べにくいですねえ。漫才は主観でしゃべるんですよ。私が私として舞台の上に立つ。でもコントは、キャラクターをつくって、その人として登場するので感覚としては演劇に近い。

角田:じゃあ、台本を書くんですか?

加納:台本は、どちらも書きますね。書かない方もいらっしゃいますけど。私は、あんまり特殊なことを考えている人間ではないので、どちらかというとキャラクターの強さよりは言葉のインパクトとか切れ味とかを中心に考えることが多いです。

角田:えっ! 特殊じゃないですか?

加納:そうですか!?(笑)

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