水銀鉱山を舞台に描かれる、歴史×ファンタジー×ミステリー×人間ドラマ 岩井圭也『竜血の山』の圧倒的おもしろさ

岩井圭也『竜血の山』のおもしろさ

 歴史小説、ファンタジー、ミステリー、人間ドラマ……。小説の好きな人の多くは、好みのジャンルを持っている。だから本を薦めるときには、相手の趣味嗜好を意識せずにはいられない。しかし、そんなことを考えることなく、ただ「面白いよ」と差し出せばいい作品もある。そのひとつが、岩井圭也の『竜血の山』だ。なにしろ冒頭に挙げた全部のジャンルを、盛り込んだストーリーなのだから。まさに〝宝の山〟である。

 物語は、昭和十三年から四十三年の、三十年間を扱っている。北海道東部の辺気沼に近い山麓で辰砂――硫化水銀の塊が発見されたことを知った、鉱山技師の那須野寿一は調査に赴き、巨大な水銀鉱山があることを確信。さらに少年と遭遇し、そこに隠れるように暮らす集落があることも知った。驚くべきことに集落の人々は、水銀中毒と無縁であり、それどころか水銀を飲んでも死ぬことがない。

 やがてフレシア区と名付けられた場所で、水銀の発掘が始まる。寿一はフレシア鉱業所の初代所長となった。集落の人々も、採鉱の仕事に従事するようになる。その中に、寿一と最初に出会った少年――アシヤこと榊芦弥もいた。水銀中毒にならない集落の人々は、採鉱に打ってつけであり、給金も高い。しかしそれが、他の採鉱夫との軋轢を招く。〈水飲み〉という蔑称を張られたアシヤたちは、時代の流れに翻弄されながら、水銀と共に生きていく。

 このアシヤが主人公であり、作者は彼の歩みを丹念に綴っていく。注目すべきはアシヤの人生に、昭和の歴史が重ね合わされている点だろう。水銀の用途は多岐に渡るが、軍需物資としても重要な役割がある。寿一が水銀鉱山を発見した昭和十三年は、日本が戦争へと向かっている時期だ。水銀は幾らでも必要とされる。このような時代の流れの中で、フレシア区は急速に発展していくのである。戦後の不況により一時期は低迷するが、朝鮮戦争の特需により再び盛況になった。しかし水俣病の原因が水銀だと明らかになり、激しいバッシングを浴びる。そして他の要因もあり、遂に廃鉱になるのだ。このような昭和史のダイナミズムが、水銀鉱山で生きる人間に凝縮されている。歴史小説としての読みごたえは抜群だ。

 さらに、アシヤを中心とした人間ドラマも濃厚。兄貴分のトクサの事故死。その死が鉱業所にあると思ったアシヤの暴発。閉じ込められた二番坑からの脱出。予想外の方向に捻じれていった結婚生活。寿一の息子の源一との間に、いつしか生まれた絆。さまざまなことがありながら、どうしても水銀鉱山から離れることのできないアシヤの、乱高下の激しい人生も、本書の読みどころなのだ。

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