古代中国の性生活は想像以上に激しい? 早大教授が語る、驚きと発見の日常史

古代中国の人々はどんな生活を送っていた?

 始皇帝、項羽と劉邦、武帝ら英雄が活躍した中国の秦漢時代において、人々はどんな私生活を送っていたのかーーどんな家に住み、何を生業として、如何にして異性との関係を築き、どのように日々の楽しみを求めていたのか? もしも現代人が古代中国にタイムスリップをして、24時間を過ごしたらどうなるかを検証した新書『古代中国の24時間』がヒット中だ。画期的な切り口で古代中国の日常を鮮やかに描き出したのは、早稲田大学文学学術院教授の柿沼陽平氏。同書を著した理由や、古代中国の恋愛事情などについて話を聞いた。(編集部)

あまりにも平凡な出来事は記録に残りにくい

柿沼陽平教授

ーー『古代中国の24時間』は、まるでロールプレイングゲームや異世界転生のライトノベルのように、二千年前の中国の1日を追体験するようなユニークな「日常史」の新書です。この新鮮なアイデアはどのように生まれたのですか?

柿沼:もともと僕は実家が客商売をやっていることもあり、おカネと経済に興味があり、貨幣史を研究していました。当時の人々がどんな日常生活を送っていたのかーー何で生計を立てて、給料はいくらもらっていて、何をどれくらいの価格で買っていたのかーーといった卑近なことに興味があったのです。ふつうは中国史というと、皇帝がいて、英雄がいて、どんな政治をしていたのかという話が軸になるのですが、僕はそれよりも我々の生活を大きく左右しているお金がどんなふうに生み出されたのかを知りたかった。そうした興味関心の延長として、必然的に日常史に着目するようになりました。

 そんな折、10年以上前になりますが、出張でヨーロッパに行ってアルベルト・アンジェラという人が書いた『古代ローマの24時間』という本と出会いました。これこそが自分がやりたかった日常史だと感じるとともに、果たして同じように古代中国の24時間を描くことは可能なのかと疑問を抱きました。日常史をテーマ別で論じた本はけっこうあるのですが、当時の人々がどんな24時間を過ごしていたのかというと、よくわからない。諸葛孔明や劉備玄徳が朝何時に起きて、どんなトイレで用を足していたのかとか、赤壁の戦いの前日にはどんな酒を飲んでいたのかとか、あるいは飲みすぎて寝ゲロしたことがあるのかとか、そういうことはあまり研究されていないんです。たとえばどんな家に住んでいたのかとか、建物の構造の研究はされていても、その家の中で靴を履いていたのか、脱いでいたのかすら、よくわかっていない。多分、あまりにもくだらないから研究されてこなかったのでしょう。でも、歴史というものはそうした細かな日常の所作の積み重ねの上に成り立っているものですので、それを研究するのは面白いと思いました。

 もう一つ、異世界転生ものみたいなプロットにしたのは、僕自身がもし古代中国の世界にタイムスリップしたら生き残れるのか、という主観的な視点から歴史本を書いてみたかったからです。歴史学には客観性が大事だとされていますが、研究者は客観性を重んじるあまり、研究対象から距離を置いてしまいがちです。僕自身、主観をとことん排除するようトレーニングしてきました。つまり文字史料に書いてあることを、極力そのまま翻訳して伝えるという姿勢です。しかし、それだと見えてこない事実がたくさんあります。逆に、もしも自分がワープしたらという視点で考えると、朝起きたときにどんな匂いがするのかとか、通常の歴史学的観点では出てこない発想が生まれます。僕は『ドラゴンクエストIII』世代なのですが、古代中国はあの世界観に似ていて、街の一つひとつが城壁に囲まれていて、その街と街の間は草原とか森とか砂漠が広がっていて、サイや象や虎といった動物がいるんです。そこからイメージを広げて、こういうロールプレイングゲームのような仕立てにしました。

研究室には古代中国にまつわる品々(レプリカ)が多数。画像をクリックすると、他の写真も

――冒険小説を読んでいるような読書体験ができるのは、本書の面白いところです。ただ、実際に当時の日常生活を書くとなると、あらゆるジャンルの研究をしなければいけないため、多くの困難があったと書かれています。特に苦労した点は?

柿沼:最近では、古代中国の何億字もある文字資料を全てパソコンに入力して、検索をかけて研究していくと言う手法があります。それによって、ある特定の単語がどのように使われているかとか、この制度はいつから成立したのかなどはわかるんです。しかし、基本的に政治や思想にかかわる文献しか残っていないので、24時間を調べるとなるとこの手法は使えません。そうした文献を頭から読んで、日常生活に関わる部分をピックアップして再構成し、24時間に置き換えなければいけないので、本当に終わりの見えない作業でした。

 また、いくら調べてもわからないことが山ほどあるのも大変でした。たとえば当時の歴史家は男性なので、男性目線で記録を残していることが多く、月経の処理などはどうしていたのか全くの謎です。そもそも、歴史資料に残る記録と言うのは、当時も特別な出来事だったから記録に残っているケースが多く、あまりにも平凡な出来事は記録に残りにくい。たとえば、今だって誰も「今日は朝起きて、歯磨きをした」なんて毎日記録に残さないですよね。しかし、「今日はウユニ塩湖の塩が入った歯磨き粉を使いました」みたいなことは書くかもしれない。だから、そういう特別な出来事だけで24時間を再構成すると、いびつな生活史になってしまいます。結局、膨大な資料を集めて、多分ここら辺が平均値なんだろうと見定めていくしかなく、それが非常に大変でした。

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