終末期医療のあり方を描く『棺桶まで歩こう』ベストセラーに 最後まで人間らしく生ききるための法則とは?

1月8日のAmazon売れ筋ランキング「本」部門で10位に食い込んでいたのが、萬田緑平の新書『棺桶まで歩こう』(幻冬舎新書)である。ギョッとするタイトルだが、著者は在宅緩和ケア医として2000人以上の看取りに関わってきた専門家だという。
人は歩ける限りは死なない
本書は、現在も「緩和ケア萬田診療所」の院長として活躍する萬田氏が、自らの仕事を紹介しつつ、終末期医療のあり方と「入院治療ではなく、家で人生を終える」という選択肢について書いた本である。昨年11月に刊行されて大きな話題となり、Amazonの売れ筋ランキングにも何度か高順位に食い込んでいた。年をまたいでもしっかり売れている、ベストセラーである。
「棺桶まで歩こうと言われても……」という気持ちになるタイトルだが、このタイトルについては本の冒頭で説明される。萬田氏によれば、人の余命は歩くスピードや歩幅、立ったり座ったりといった動作を見ることでおよそ見当がつくという。スタスタと大股で歩ける人はおおむね10年以上生きられるだろうし、椅子から腕の力を使わずに立てるようなら余命は1年以上、歩けないようなら余命一ヶ月……といった基準を、萬田氏は長年の経験から発見した。
この基準は、どのような病気にかかっているかや、どれだけ食事が取れているかに関係ないという。大病を患って体重が30kgまで落ちた人でもスタスタ歩く人は歩くし、がんだろうがなんだろうが、人は歩ける限りは死なないというのが、萬田氏の見つけた法則だ。歩けるということはまだその人には気力と根性が残っているということであり、それが残っている限りは脳が働いており、脳が働いている限りは人間らしく生活できる。萬田氏の仕事はそれを補助し、死ぬ直前まで「歩ける」ような状態をできるだけキープしながら、本人にとっても遺族にとってもなるべく幸せな最期を実現することである。なので本のタイトルが『棺桶まで歩こう』なのだ。
最後まで人間らしく生ききるための法則
本書は基本的にこの観点から、終末期医療・緩和ケアについて書かれたものである。自分はまだ38歳、特段の大病を患ったこともないし、さすがに自分の終末期のことを考えるにはまだ早いと思うが、両親の老後のこともうっすら脳裏に浮かぶ年頃。そういう立場から読むと、かなり目から鱗が落ちる内容だった。
これは大事なことなのでまず書いておきたいのだが、本書は基本的に標準治療・入院治療や延命治療を否定する内容ではない。萬田氏は患者が自分の意思でそちらのルートを選ぶこと自体は全く否定しておらず、入院治療には効果がなく苦しいだけだからやめたほうがいい……という主張は行っていない。ましてや、怪しげな代替医療を紹介するような内容でもない。ただ、新米外科医としてキャリアをスタートさせた萬田氏が、なぜ通常の入院治療・延命治療に疑問を持ち、「がん患者専門の在宅ケア」という方向に舵を切ったのかが、自らの経験をもとに書かれている。
さらに緩和ケア専門医としての経験から見つけた、最後まで人間らしく生ききるための法則のようなものが綴られている。といっても大して難しいことは書かれておらず、一番大事なのは冒頭に書かれている「歩けるかどうか」である。歩けるということは気力や意思があるということ。さらにその気力や意思、つまり「気の持ちよう」で、思いもよらなかったくらい寿命が延びることがあると萬田氏は書く。その延びた時間を自分らしく使い切ることで、患者本人も周囲の遺族も納得して死んでいくことができるわけである。
転ばぬ先の杖になってくれる新書
本書に書かれていたことで一番「そりゃそうか」と思ったのが、「老いに起因する人間のトラブルや死因は、基本的に全部『老衰』である」という点だ。人間、年を取ればどこかしらガタがきて悪くなるものである。がんを筆頭とした色々な病気にかかるし、体も動かなくなるし、全ての病気や体調不良を避け続けたとしても、脳が機能不全を起こして多かれ少なかれ認知症的な症状が出ることは避けようがない。これらは全て老化が原因で発生するトラブルであり、糖尿病だのがんだの認知症だのと細かく区分けしたところで、結局全部「老衰」で括ることができると萬田氏は書く。つまり、ひとつやふたつの病気を避けたところで、どう転んでも「老衰」全般からは逃げようがない。どれかはいずれ自分の身に降りかかってくるし、どうしたって人間は死ぬのである。
そうであるならば、一旦その事実を飲み込んだ上で、最後の最後に自分と周囲の人々が納得できる形で死ぬことを目指した方がいいのではないだろうかと、萬田氏は書く。なるほどなあ……である。人間誰しも、わからないことは怖い。体と精神の老化、そしてその向こう側にある「死」は、特になにもわからないゾーンにある物事である。怖くて当たり前だが、しかし逃げられない。ならば、一旦全部「老衰は避けられない」という前提に立って考えて、それが自分と周囲の人にとって有益だと思えるのならば、「たとえ怖くても最後まで自分の足で歩いて生ききること」を目指すのも、選択肢としてはありかもしれない。
かつて柔道家の牛島辰熊は、激烈な修行の末に「生の極限は死、死の極限は生」という真理に目覚めたという。自分はとてもそんな境地にまでは至っていないが、2000人以上を看取るという普通の人間では到底成し得ない経験を経て、萬田氏はこれに近いところにたどり着いたのではないか。そこから得られた結論が「結局全部老衰」「人間は歩けるうちは死なない」という非常にシンプルなものであるというのは、なかなか含蓄に富む話だと思う。そうは言っても怖いものは怖いが、もしも自分や親族がハードな病気にかかった時、転ばぬ先の杖になってくれるかもしれない。そう思わせてくれる一冊だった。
■書誌情報
『棺桶まで歩こう』
著者:萬田緑平
価格:1,034円
発売日:2025年11月27日
出版社:幻冬舎
レーベル:幻冬舎新書

























