2026年『このミス』大賞受賞作『最後の皇帝と謎解きを』犬丸幸平インタビュー「歴史への拘りは何かしら表現していきたい」

『最後の皇帝と謎解きを』犬丸幸平インタビュー
犬丸幸平『最後の皇帝と謎解きを』
犬丸幸平『最後の皇帝と謎解きを』(宝島社)

 2026年第24回『このミステリーがすごい!』大賞・大賞受賞作『最後の皇帝と謎解きを』(犬丸幸平/宝島社)が、1月9日に発売された。

 『最後の皇帝と謎解きを』は、“ラストエンペラー”こと愛新覚羅溥儀と日本人絵師の一条剛が、紫禁城で起こる密室殺人事件に挑む連載形式の歴史ミステリーだ。

 翻訳家・書評家の大森望をはじめとした選考委員に絶賛された本作は、どのように生まれたのか。これまで40ヵ国を訪れたバックパッカーで、現在はパキスタンで絨毯の買い付けなどをしているという異色の経歴を持つ著者・犬丸幸平氏に、本作の執筆背景を聞いた。

特に影響を受けたのが浅田次郎さんの〈蒼穹の昴〉シリーズ

犬丸幸平

――『最後の皇帝と謎解きを』は、“ラストエンペラー”こと愛新覚羅溥儀を題材とした歴史小説の要素がある連作形式のミステリです。溥儀をテーマに選んだきっかけは何だったのでしょうか?

犬丸:宝島社の『このミステリーがすごい!』大賞に応募しようと思った際、当初は満州国を舞台にした小説を書こうと考えていました。ただ満州国を題材に選ぶのであれば、その前史に当たる清朝のことも理解しなくてはいけないと思い、あの時代に関する資料を読み込んだり、映画の『ラストエンペラー』などの作品を鑑賞していく内に清朝そのものに対する関心が強まっていったんです。特に影響を受けたのが浅田次郎さんの〈蒼穹の昴〉シリーズで、この小説にはもう嵌まってしまって……。この作品との出会いが決定的となって「辛亥革命を経て清朝が滅亡した後の時代を書いた方が面白そうだ」と思い至ったわけです。

――歴史小説は元々お好きだったんですか?

犬丸:歴史を学んだり調べたりするのは好きでした。歴史小説については司馬遼太郎の『燃えよ剣』など有名作は読んでいましたが、片っ端から作品を読み込んでいるような読者ではありませんでした。小説のジャンルで言えばやはりミステリが好きだったので、「ミステリと歴史を掛け合わせて書いてみよう」という、自分の好きなものを組み合わせてみたという意識の方が強いです。

――刊行前のプルーフにも書かれていましたが、応募締め切り2か月前に浅田さんの〈蒼穹の昴〉シリーズを読み始めたとのことで、作品を書きあげるまでの時間は相当短かったと思います。参考資料などに目を通しながらの執筆は大変だったのではないでしょうか?

犬丸:大変でしたが、先ほども話した通りもともと歴史について調べたりするのは好きだったので楽しい経験でもありました。溥儀自身が記した『わが半生』(筑摩書房)や溥儀の家庭教師だったレジナルド・ジョンストンの『紫禁城の黄昏』など、溥儀に関する基本資料だと思われるものは一通り抑えた上で、参考文献として挙げています。もちろん浅田さんの〈蒼穹の昴〉シリーズも大いに参考にしました。特に紫禁城を追われた溥儀が物語のメインとなるシリーズ第5部の『天子蒙塵』(講談社文庫)は本作を書く上でお手本にした作品だと言えます。

手掛かりの扱い方にきちんと神経が行き届いたものを

犬丸幸平

――先ほどミステリは元々お好きだったとのことですが、連作形式で各話において異なる趣向の謎解きミステリに挑んでいる点が良かったです。特に正統的なフーダニットの趣向を盛り込んだ第1話は、謎を解くための手掛かりの提示が上手いなと感じました。

犬丸:ありがとうございます。私はどちらかと言うと謎解きミステリが好きで、真相当ての趣向はきちんと作品に盛り込みたいと考えていました。特に好きな作家さんとして青崎有吾さんがいます。青崎さんの作品は東京創元社で刊行されている〈裏染天馬〉シリーズから読み始めたのですが、魅力的なキャラクターもさることながら緻密な論理で謎を解いていく部分が好きです。特に『図書館の殺人』などが印象的ですが、微細な手がかりの扱い方が青崎さんは本当に上手い。だから自分が謎解きミステリを書く時にも「手掛かりの扱い方にきちんと神経が行き届いたものを書かねば」という意識が出ていたのだと思います。

――第2話はうって変わって所謂“日常の謎”と形容できるようなタイプのミステリを描いています。この変わり具合が良いですね。

犬丸:本作は謎解きミステリですが、同時に語り手の一条剛という日本人青年と15歳の溥儀の関係を描いていく物語でもあります。ですから各話において一条と溥儀の関係がどのように変わるのかという話がまず根底にあり、そこに相応しい謎解きミステリの趣向は何だろうということを考えながら当て嵌めていった感じです。謎解きミステリとして各話のテイストがそれぞれ異なるものになったのは意識してバラバラにしたというより、物語全体の要諦上、結果として趣向が異なるものになったという方が正確かな、と自分では思っています。

――確かに物語全体としても上手く纏まっていると思いました。連作形式を取ったことにミステリとしての必然性があることが最後まで読むと分かるようになっています。

犬丸:連作形式による歴史ミステリを書く上で念頭にあったのは米澤穂信さんの『黒牢城』(角川文庫)でした。幽閉された黒田官兵衛を安楽椅子探偵役として各編で謎解きを描きつつ、最後には物語を貫く大きな謎が明かされるという作品ですね。『黒牢城』を読んだのはだいぶ前なのですが、あの物語形式の印象が非常に強く、今回の作品を書く際にも自然と影響を受ける形になりました。ちなみに最終話で描かれる真相については応募時の原稿から改稿しています。

――『最後の皇帝と謎解きを』は連作歴史ミステリであると同時に、先ほど犬丸さんご自身が仰ったように日本人青年と溥儀、二人の結びつきを描いていく物語でもあります。その意味では青春小説のような味わいもありますね。

犬丸:はい、そのような物語を目指しました。それ故に二人の関係性の変化を各話でどう描いていこうか、という点にはけっこう頭を悩ませながら書いた記憶があります。紫禁城に居座った溥儀は、廃帝となった後でも城内では支配者として振舞っています。当然ながら余所者である日本人に対しても高圧的になるでしょうし、すぐに親しくなっていく展開などは想像できません。ですので一条が城内で起きる事件の謎解きを行うことで、彼に対する溥儀の見方が徐々に変わっていくという構成にしようと考えました。ネタばらしになるので具体的な展開には踏み込みませんが、各話で一条と溥儀の距離が段階的に縮まっていく過程を描けていれば良いな、と思いましたし、それに応じて最適なミステリの趣向を無理なく当てはめて描いていくというのは、いま振り返ると少し難しかったかなと感じます。

――語り手である一条の人物造形も魅力的ですよね。血を見ると気分が悪くなるなど、読者が親しみを感じやすい設定を付与することで物語に入り込みやすい工夫がされている。

犬丸:一条の造形は映画『ラストエンペラー』におけるレジナルド・ジョンストンの描き方から影響を受けたところは大きいです。あの映画の中で描かれる溥儀とジョンソンの結びつきに感銘を受けたので、「これを日本人に置き換えて物語を書く事は出来ないだろうか」という思いから一条剛というキャラクターは生まれました。日本人が視点人物であれば読者も物語を飲み込みやすいかな、という考えもありました。血を見るのは苦手、という設定は私自身の性格を反映しているというか、最初は特に大きな意味もなく付けたものだったんです(笑)。ただ作品を書いていく内に、この設定を使ってコミカルな場面を描写することも出来るなど、物語を膨らませる上で色々と役に立つことに気が付きました。例え何となく書いてみた設定でも、上手く活用すれば物語やキャラクターの造形に深みを与えることが出来るんだな、ということを学んで良かったなと思っています。

中国の歴史を知らない人でも物語に親しみが持てる

犬丸幸平

――先ほど言及された『ラストエンペラー』を始め、溥儀が登場するフィクションは過去にも幾つか存在します。そうした先行作品と比較して『最後の皇帝と謎解きを』における溥儀はどのような特徴があると思いますか?

犬丸:そうですね……。例えば浅田さんの『天子蒙塵』に出てくる溥儀は紫禁城を追い出された時なので年齢的には青年と呼べる時期に差し掛かっているんですね。そのせいかキャラクターとしては孤独な面影を感じさせるものになっている気がします。それに対して自分が書いた溥儀は15歳。まさに思春期真っ只中の若者といいますか、まだ幼さも残りつつ自分の意思を通そうとする強さもあり、同時に成熟し切れずアイデンティティが定まっていない部分もある。この辺りが先行作品における溥儀と自分が描いた溥儀との大きな違いではないでしょうか。あとはコミカルなシーンも織り交ぜている点ですかね。これは先行作品との差異を考えたというより、あまり中国の歴史を知らない人でも物語に親しみが持てるような場面を描こうと思ったからです。一条との会話に軽めのユーモアを混ぜてみたのも、中国の歴史小説と聞いてちょっと手に取るのをためらってしまう様な読者に対して間口を広げたいという思いが強かったからですね。

――なるほど。歴史小説をより身近に感じて楽しんでもらえるようにしたい、という思いがあるのですね。だとするとデビュー作以降も歴史ミステリを手掛けたいと考えているのでしょうか?

犬丸:まだ次回作以降については何も決まっていないんですが、是非ともチャレンジしてみたいと思うアイディアはあります。いま自分は歴史改変SFに興味を持っていて、実は2つほど案があります。どちらも北海道を舞台にした小説です。

――やはり歴史ものという部分は外せないんですね。

犬丸:まだ自分の頭の中だけにあるアイディアなので、実際に小説として形になるのかは分からないのですが(笑)。ただ自分の中にある歴史への拘りは何かしら表現していきたいですね。もっと言うと、起こり得たかもしれない負の歴史を描くことで現代の風景を浮かび上がらせたり、あるいは志半ばで歴史上から退場せざるを得なくなった人間の思いを描くことについて、自分は強い関心を抱いています。そうした要素を盛り込んだミステリをこれからも書くことが出来れば良いな、と思っています。

■書誌情報
『最後の皇帝と謎解きを』
著者:犬丸幸平
価格:1,760円
発売日:2026年1月9日
出版社:宝島社

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