宮﨑駿にとってのイメージボードの意義ーースタジオジブリ編集者・田居因に聞く、出版背景と映画制作の裏側

鈴木敏夫プロデューサーの狙いは?

田居:鈴木プロデューサーには、宮﨑監督のイメージボードこそ、色々な人に「見てもらうものとして一番ふさわしい絵」という思いが、以前からあったようです。イメージボードは宮﨑監督の描く線の美しさ、巧みさが一番よく分かるんです。そして想像力がイメージボードにはあると思います。『アニメージュ』(徳間書店)の1983年9月号で『トトロ』のイメージボードをポストカードにして付録に付けたのも、絵がすごく良いと思ったからだと言っていました。
──そう聞くと、もっと早くイメージボード集が刊行されても良かったように思いますが、スタジオジブリでは作品ごとに美術設定などを収録した『ジ・アート・シリーズ』(徳間書店)を作りながら、イメージボードは一部が掲載されるだけでした。
田居:一番の理由は、宮﨑監督が、映画制作前のものを世に出すことをいやがったからだと聞いています。
──イメージボードやレイアウトを外に出すことを、宮﨑監督が嫌がっていたという話は、『宮﨑駿イメージボード全集1 風の谷のナウシカ』の巻末インタビューで鈴木プロデューサーがしています。宮﨑監督の考え方が変わったのでしょうか?
田居:今回はこのイメージボード全集刊行のために宮﨑監督を説得したという話は聞いていません。刊行までスムーズにいきました。宮﨑監督としてはもうすべて過去のものだといった認識になったのではないでしょうか。私自身も宮﨑監督の絵はすごく好きなので、こういう形で画集にまとめられる機会をもらえて、とても嬉しかったですね。
『イメージボード全集』より前に同じ岩波書店から刊行した『宮崎駿とジブリ美術館』の編集にも携わりましたが、そこで改めて宮﨑監督の絵の魅力を感じました。セル画になったアニメーションの絵と本人の絵とではやはり違います。本当に巧みです。
ジブリのアーカイブ保管「宮﨑監督はアーカイブするのがすごく上手」

田居:宮﨑監督が持っていました。私たちもそれほど意識をして見てはいなかったんですが、宮﨑監督はアーカイブするのがすごく上手なんです。高畑勲監督の『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1968年)で描いた絵も残っていました。自分の家だったり事務所だったりで、それを今はスタジオジブリのアーカイブチームが集めて整理しています。捨てなかったのはやはり、自分が描いたものを大事にしていたからではないでしょうか。一方で人にあげてしまったりしてもいて、『ナウシカ』に収録されている冒頭に出てくるタペストリーも、布に描いてあるものですが、誰かに差し上げてしまっているものもありました。
──今はアーカイブチームがしっかりと集めて分類し、保管しているそうですが、スタジオジブリとしてアーカイブの必要性を強く感じるようになっているということでしょうか。
田居:アーカイブという発想を打ち出したのは鈴木プロデューサーですね。鈴木プロデューサーがいなかったらスタジオジブリの中にアーカイブというセクションも生まれなかったと思います。宮﨑監督自身は自分のものを大事にして、コレクションする段階まではやっていましたが、それが貴重な価値を生むとまでは思っていなかったのではないでしょうか。後世の人にとってどれだけの価値があるかといった発想は、プロデューサー的なものだと思います。
──そうしたアーカイブチームの活動成果を通して、どこに何があるのかを把握し、保管してあるものの中から掲載したいものを探して1冊にまとめていった訳ですね。実際の本にするにあたって絵の選定や順番などの構成は、田居さんたち出版部の方で行ったのでしょうか。
田居:今回の『イメージボード全集』を構成していただいているのは編集者の徳木吉春さんです。『アニメージュ』にも早くから関わって来られた方で、「ジ・アート・シリーズ」も『ナウシカ』の頃から参加されています。アーカイブチームがとりまとめたデータからどのような絵を使うのか、どう並べるのかを考えて、それが古いものか新しいものか私たちだけでは分からない時は、鈴木プロデューサーにインタビューして確認して構成しています。

──可能な限り原寸に近いサイズで掲載して、それでも入りきらないものは視認性に配慮して掲載するといった方針で作られているため、宮﨑監督の絵の良さを隅々まで堪能できます。判型にも価格にも影響が出るそれらの判断はどなたがされたのですか。
田居:スタジオジブリ出版部の額田久徳が、かなりのこだわりを持ってそうした方が良いと言ってくれて、このサイズの本になりました。結果としてすごくライブ感のある本になりました。イメージボードを並べる展覧会というものがまだ行われていない状況で、全集がそれに替わるものになるといいと思います。絵が好きな人にはすごく嬉しいものになったと思います。
──宮﨑監督のタッチだけでなく、色もしっかりと再現されたものになっています。
田居:印刷会社のTOPPANクロレの鈴木敬二さんに昔からこの手のビジュアル本を担当していただいていて、宮﨑の水色といえばCMYKの4色でCはこれくらいといったパーセンテージが分かってくれているんです。もう少し黄色いとか赤いといった時にプラス何%とかマイナス何%といったことを指定することまで、プリンティングディレクターと一緒にやってくれます。良いスタッフに恵まれてこれだけの本ができました。絵の中には時間が経って退色してしまったものもありますが、過去に遡ろうにも本当の色が分からない以上、今の時点に合わせる方針で作っています。





















