宮﨑駿にとってのイメージボードの意義ーースタジオジブリ編集者・田居因に聞く、出版背景と映画制作の裏側

ナウシカが青い服を着て腰に手を当てて微笑みながら佇む。トトロが雨の降るバス停に少女と並んでぬっと立つ。宮﨑駿監督が長篇アニメ『風の谷のナウシカ』(1984年)や『となりのトトロ』(1988年)を作る前に描いたイメージボードと呼ばれる絵が、『宮﨑駿イメージボード全集』(スタジオジブリ責任編集、岩波書店)にまとまって続々と刊行中だ。
アニメとして見る絵とは違って宮﨑監督のタッチが分かり、作品に対する考え方もうかがえるイメージボードを今、こうして世に問う意義は何か? スタジオジブリ出版部で編集を担当している田居 因(たい・ゆかり)執行役員に聞いた。
ストーリーが生まれる前に描かれる「イメージボード」
──『宮﨑駿イメージボード全集』の前書きで、宮﨑駿監督の言葉を引いて「イメージボードは映画全体の雰囲気や魅力を作品に入る前に自身が探るために、また、そのイメージをスタッフに共有してもらうために描くものです」と説明しています。宮﨑監督にとってイメージボードはどのようなものなのでしょうか。
田居因(以下、田居):宮﨑監督には、こういう場面を描きたいというものが最初にあるのだと思います。『宮﨑駿イメージボード全集3 となりのトトロ』の表紙になっているバス停のイメージボードは、ストーリーが生まれるだいぶ前に描いたものだと言っていました。自分の中にあるもの、その時点ではまだ点なんですが、作品にしようとした時にたくさんの点を描いていきます。それをつなげて線にして物語にしていこうとする。その点がイメージボードなのではないでしょうか。

──最初は点として始まって、イメージボードを描くうちに物語ができて舞台もできてくるといった感じが、『宮﨑駿イメージボード全集3 となりのトトロ』を読むと分かります。映画を作る過程で、イメージを絵に描いて並べるストーリーボードが作られることはよくありますが、宮﨑監督のイメージボードはそれとは違うものなのですね。
田居:イメージボードは映画の制作が始まる前に描かれますから違いますね。ここまで絵を使って作品の世界を伝えようとする人は少ないと思います。宮﨑監督特有かもしれないですね。
でもイメージボード集の中には、ストーリーボードに近いものも収録されています。トトロたちが夜に草壁家の庭で種をまくシーンのイメージボードは連続していて、ほぼフィルムと同じ展開です。そのシーンは、宮﨑監督自身の中に物語のイメージがはっきりあったのではないかと思っています。この一連のイメージボードを見ると、絵本を見ているような気持ちになります。
【画像】『宮﨑駿イメージボード全集3 となりのトトロ』の内容は?
──映画を見ている人がイメージボードを読んでいろいろと感じ取ってから、改めて映画を見ると何か新しく気付くこともありそうです。
田居:『宮﨑駿イメージボード全集2 天空の城ラピュタ』を読むと、イメージボードの中に悪役を描いたものがあまりないんです。キャラクター設定の中にムスカは描かれていますが、イメージボードでは少ないんですよね。どういうことだろうかと考えると、悪役が悪者として成立していた時代が成立しにくい、端境期にあったのかなと思いました。昔の東映映画や漫画映画に出てきたような、わかりやすい本当の敵はもういない、そういう時代ではなくなったという発言を、『天空の城ラピュタ』(1986年)の頃にしていました。

──パズーやシータ、ドーラにタイガーモスの乗組員はたくさん描かれていますから、その活躍を描きたいという思いが強かったように感じ取れます。飛行艇のような乗り物もたくさん。そうしたイメージボードに描かれているものと、実際の映画との差を感じ取れそうです。
田居:イメージボード集を見てから自分なりにいろいろと想像して、それからもう1回映画を見ていただければ、改めて面白さを感じていただけるのではないでしょうか。