杉江松恋の新鋭作家ハンティング 『銀河風帆走』のジャンルを超越したおもしろさ

『銀河風帆走』ジャンルを超越したおもしろさ

 あえて、ジャンルを超越したおもしろさがある、と言いたい。

 『銀河風帆走』(東京創元社)は、第4回創元SF短編賞を受賞した表題作や、書き下ろし作品を含む短篇集である。作者の宮西建礼は、これが最初の著書ということになる。創元SF短編賞受賞が2013年だから、デビューして11年目の快挙だ。

 ジャンル小説に対し、それを超越した、という言い方をすることは時として失礼に当たる。それは重々承知であるが、あえてそういう書き方をしたのは、巻頭の「もしもぼくらが生まれていたら」に心を射抜かれたからである。SFファンなら絶対に楽しめる作品だが、それ以外の方、特にジャンルをあまり意識せずに普段は読んでいる方にぜひ手に取ってもらいたい。私はそうやって読んだからだ。なにこれすごい、と居住まいを正したほどにおもしろかった。

 〈ぼく〉こと浅枝トオルはは友人の磯本タクヤ、青原トモカと共に衛星構想コンテストへの応募を考えている。〆切はその年の十月で、三人は高校一年生である。応募資格があるのは高校生、高専生、大学生と大学院生だ。これまで高校生が入賞したことは一度もないが、三人は野望を持っている。だが、議論を重ねるうちに意見が割れ、譲らなかったトモカが飛びだしてしまうという事態になった。入賞を狙うトオルは、とにかく実現可能であることに重点を置いている。その目から見るとトモカの案は夢物語すぎて、現実感がなさ過ぎたのだ。大人の科学者たちがこれまでまったく手が出せずにいた課題である。

 不穏な状態から話は始まる。トモカがやろうとしていたことが何かはすぐに明らかにされる。小惑星を動かす宇宙機の構想なのである。それをなぜやろうとしているか。実際に、地球に落ちてくる可能性のある小惑星が発見されたからだ。2020GB2、発見されたばかりの小惑星で、十二年二ヶ月後の二〇三二年六月二十一日に地球に最接近することがわかった。トモカは、それを動かして地球から遠ざけようとしているわけである。

 中盤に入ったところで物語は一気に緊張感を増す。政府が、2020GB2が日本列島付近に落ちるのはほぼ確実という見解を公表したからである。落下予想地点は、房総半島東南東四百キロメートルから六百メートルの太平洋上だ。直径五百メートル、質量一億七千万トンの小惑星が落ちれば、それによって引き起こされる津波の高さは数百メートルにも及ぶだろう。「九年前に東北地方の太平洋沿岸を襲った津波の波高は十メートル以上」、それをはるかに上回るわけである。トモカは、あれを落とすわけにはいかない、と改めて決意を述べる。トオルとタクヤも協力し、三人は今や全人類の課題となった難題に取り組むのである。

 宮西作品が見事なのは小説に核が存在することで、プロットが転換する箇所が明確にわかる。ある地点まで来たところで、ここからは畳みかけに入るな、ということがわかるような情報が与えられるのである。だから後半の加速がつきやすいし、物語にスリルもある。その転換を促すのは着想だ。収録作中では唯一の書き下ろしである「星海に没す」は、はるかな未来を舞台に、恒星間宇宙船同士が闘いを繰り広げるという物語なのだが、そこでの核となる着想は意外なものである。意外というか、私のようなSFに疎い読者が目にしても、ああ、これはどこかで聞いたことがある、というような既知の情報が使われている。そんな手垢のついた知識を、人類がまったく登場しないような未来の物語にはめ込んでみせるのである。そこにセンスの良さを感じる。

 扱われている科学知識はおそらく高度なもので、私が理解できていない部分もかなりあると思う。それでも問題なく読めてしまうのは、物語の手綱捌きが巧いからだ。話題を「もしもぼくたちが生まれていたら」に戻せば、高校生たちが協力して課題に挑戦するさまをひと夏の物語として描く、青春小説の定型が用いられることが肝である。三人の中では、突飛なことを言っていると思っていたトウカが、実はもっとも大人で先を見ていた。彼女だけが小惑星落下の危険に晒されている人々を救いたいと考えていたのである。そのことに気づいたトオルは「早く大人になりたい」と強く思い「一人先に行ってしまったトモカを追いかけたい」と願う。少年が成長する瞬間だ。

 この短篇は二〇一一年に発生した東日本大震災の記憶を土台として書かれている。小惑星の落下地点が太平洋上に設定されていることからもそれはわかる。こうした大災害に国家が無反応なわけはないのだが、いざ実際に検討されてみると、それは残酷な一面のあるものであることがわかった。最大多数の幸福を実現するために、切り捨てるものもある計画なのだ。それが何かはここでは書かないのだが、科学的挑戦の持つ残酷な一面を作者は物語に取り込んでいる。大人たちの考える科学に、高校生たちは挑戦するのである。

 三人の試みは、とても現実感のある終わり方をする。着地のさせかたが見事だし、主人公が地に足についた行動をとっているという意味で青春小説としても満点である。これだけで十分満足、と思っていたら作者は最後の最後にとんでもないものを用意してくれていた。ミステリーで言うところの〈最後の一撃〉である。それまでの物語はすでに必要十分条件を満たしたものだったのだが、この一文を示すことでさらに上書きし、物語に新たな意味を付与している。そこまで見えてこなかったものが明白になり、読者の世界に対する認識を改めてくれるのである。この終わり方は本当にすごい。青春小説の様式とSFの着想が結びついたところに生まれた作品として申し分のない出来だ。宮西建礼すごい、とこれを読んで思った。すごいすごい。なんという才能だろうか。

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