思春期の少女の複雑な心理を描く小説家・木爾チレン 初期作品集『夏の匂いがする』の名付けられない感情

オタク女子の黒歴史を題材にしたイヤミス『みんな蛍を殺したかった』(二見書房)の鮮烈なインパクトで注目を集めた小説家・木爾チレン。以後も次々と話題作を世に送り出し、女子校を舞台にしたデスゲーム『二人一組になってください』(双葉社)は10万部を超えるヒット作となった。
思春期の少女をモチーフに複雑な女子心理をえぐり出し、独自の物語世界を築く木爾。そんな作家の原点を垣間見る一冊が、初期作品集『夏の匂いがする』(マイクロマガジン社)である。同書には、R-18文学賞優秀賞を受賞したデビュー作を含む5作の短篇が収録されている。
最初期作である「瑠璃色を着ていた」は、二人の女子高校生・瑠璃とハリの物語。秀才のハリと美少女の瑠璃が共に過ごすかけがえのない日々が、平成初頭の時代風俗とともにみずみずしく描かれる。一瞬で通りすぎてしまう少女の時間を切り取る手腕が見事で、制服を着た18歳のきらめきを封じ込めた極上の少女文学だ。
「あの時、私たちは世界の全てを知り尽くしたつもりでいたけれど、本当は何も知らなかった。ただの少女だった。だけど、制服を着ているときにしか聞こえない夏の音や、大人にも子供にも見えない夏の映像を、私たちはちゃんと日々感じながら生きていた。」
『夏の匂いがする』を貫くテーマである、同性に強く焦がれる名付けられない感情を体現する一篇としても印象深い作品である。
続く「植物姉妹」は、姉の白と三歳年下の妹の黒を中心に、強い絆で結ばれた姉妹の姿と別れを描く。三年前に事件に巻き込まれた白は植物状態になり、以来病院で眠り続けている。黒は白の恋人の心とともに、目を覚ます希望がない白のために病院に通い詰めていた。
物語は、死にゆく白を見つめる静謐な病室パートと、黒の様子を心配して声をかけた男友達・毒と過ごす時間を交差させながら進む。自分の半身だった白を失って死に心身を侵食されつつある黒が、毒との関係を深めることで白以外にも大切なものを得て、生きる力を取り戻していく。毒と黒が一緒にご飯を食べて身体を重ねる場面は、無機質で死の匂いが漂う病室と絶妙なコントラストを生み出している。物語としての完成度も高く、木爾チレン作品の魅力を存分に味わえる短編だ。
他の作品が深い絆をテーマに据えているのに対して、「りかちゃんといづみちゃん」は女性同士の束の間だが忘れがたい交わりを描く異色作である。芸術大学に通う泉は、いつもリカちゃん人形に着せるための洋服を作っているりかちゃんと出会い、可愛さに心を奪われる。彼女に近づくために隣に座り、二人は交流を始めるが……。どこか人間離れしたりかちゃんが強いインパクトを残す作品で、圧倒的な魅力を放つ人に出会った時の心の震えが鮮やかに描かれる。美少女を小説の主題に据える作家のルーツを感じさせる作品だ。