【新連載】嵯峨景子のライト文芸新刊レビュー 顎木あくみ新作からいぬじゅん10周年作品まで、今読みたい5作品
『少女小説を知るための100冊』や『少女小説とSF』などの著作で知られる書評家の嵯峨景子が、近作の中から今読むべき注目のライト文芸をピックアップしてご紹介。今月は『わたしの幸せな結婚』で知られる顎木あくみの新作や、人気作家・いぬじゅんのデビュー10周年作品など5タイトルをセレクト。(編集部)
顎木あくみ『人魚のあわ恋』(文春文庫)
従来、平安時代を舞台にした作品が多かった和風ファンタジーの中で、明治大正期をモチーフにした『わたしの幸せな結婚』で累計部数800万部超の大ヒットを記録し、新たな潮流を呼び込んだ顎木あくみ。待望の新作では作者が得意とする帝都を舞台に、人魚伝説×運命の恋を描く。薬問屋を営む天水家に生まれた16歳の朝名は、8年前に鱗に似た赤い痣が手首に出現して以来、家族から忌み子として虐げられながら生きていた。彼女の心の拠り所は、幼い頃に優しく接してくれた青年の言葉と面影だった。そんな朝名に思いがけない縁談が舞い込む。相手は朝名が通う夜鶴女学院の国語教師として新しく赴任した時雨咲弥。彼こそが8年前の思い出の人だったが、朝名はとある理由から縁談を断ろうとして――。それぞれに秘密と孤独を抱えた朝名と咲弥が心を通わせていく様は甘やかだが、そこに八百比丘尼や「人魚の血」など不老不死をめぐる血なまぐさいモチーフがあわさり、独特の仄暗い世界が読者を惹き込んでいく。
三上延『ビブリア古書堂の事件手帖 ~扉子たちと継がれる道~』(メディアワークス文庫)
鎌倉にある古本屋・ビブリア古書堂を舞台に、古書にまつわる謎を紐解く大人気シリーズの最新刊。鎌倉在住の文士たちが蔵書を持ち寄って開いた貸本屋「鎌倉文庫」と、行方不明になった千冊近い貴重書をめぐる謎が今作のテーマとなる。物語は、ビブリア古書堂の三世代の女性たち――祖母の智恵子、娘の栞子、孫の扉子――が、それぞれ17歳の時に遭遇した事件を通して展開する。智恵子は『道草』、栞子は『吾輩は猫である』、扉子は『鶉籠』と、夏目漱石の著作をキーアイテムにしながら、昭和・平成・令和と三つの時代を繋いで秘密が解き明かされる構成が見事である。これまでフォーカスされてこなかったキャラクターにも光が当たり、栞子や智恵子の過去が明かされるのもシリーズ読者にとって嬉しい読みどころ。読後感も爽やかな、新シリーズ中でも出色の出来栄えの一冊だ。
望月麻衣『仮初めの魔導士は偽りの花 呪われた伯爵と深紅の城』(角川文庫)
京都を舞台にミステリー×ロマンスを描く『京都寺町三条のホームズ』や、占星術をモチーフにしたハートウォーミングな『満月珈琲店の星詠み』など、数々のヒット作で知られる望月麻衣。デビュー10周年を迎える記念月に発売された新作は、「昔、胸をときめかせて読んだ『少女小説』に想いを馳せて綴った」作品だ。魔力をもつ女性が「魔女」と目されて迫害を受けるようになった世界。大魔導士アルバートの孫娘ティルは、「魔女狩り」を避けるため幼い頃から性別を偽って暮らすうちに才能が開花、“美少年魔導士”としてにわかに評判を集めてしまう。ある日、ティルと絵描きの兄ハンスの元に、“世にも美しい城”の呪いを解いてほしいと依頼が舞い込む。二人はバランド城と、その城に引きこもって暮らす青年伯爵ノアの秘密を探るため調査を進めていくが……。男装ヒロイン×訳あり伯爵のロマンスという少女小説の王道要素を望月流に昇華しつつ、占星術を活用した魔法バトルやバラエティに富んだキャラクター造形で高いエンターテイメント性を見せつける本作。和風や中華後宮ファンタジーが人気を集める昨今にあって、あらためて西洋ファンタジーの魅力を再確認させる小説だ。