『わたしの幸せな結婚』顎木あくみ、待望の新作『人魚のあわ恋』はどんな恋物語を描く?

『わたしの幸せな結婚』顎木あくみの新作

 シリーズ累計800万部のベストセラーとなり、実写映画やTVアニメも作られた『わたしの幸せな結婚』(富士見L文庫)の顎木あくみが、新しく送り出したシリーズ『人魚のあわ恋』(文春文庫)が2月6日に発売となった。悲惨な境遇にある少女が心優しい青年と出会い、救われようとする展開が生きる希望をくれる物語であり、差別をせず恐怖に怯えないで人と向き合う大切さが滲んで、自分ならどうするだろうと考えさせられる物語だ。

 『人魚のあわ恋』という新作のタイトルから、まず浮かぶのはアンデルセンによる童話『人魚姫』だ。海で生まれ育った人魚の姫が、遭難して溺れていたところを助けた人間の王子に恋をする。魔女に渡された薬を飲んで人間の足をもらい、王子のところに行った人魚の姫だったが、王子に自分を助けてくれた女性だと気付いてもらえない。王子は別の女性と結婚することになり、悲嘆に暮れた人魚の姫は海の泡になって消えてしまう。

 悲恋の物語の代表格として誰もが思い浮かべる『人魚姫』のストーリーに沿うなら、『人魚のあわ恋』も生きる場所が異なる女性と男性の間で繰り広げられる、恋と離別の物語が描かれていくのだろう。そう思いながら読み始めた頭には、メインヒロインとして登場する天水朝名という16才の女性が、悲恋の主になるのかもしれないといった考えがまず浮かぶ。

 朝名は夜鶴女学院に通っている女学生だが、薬問屋のひとり娘として大切に育てられた箱入り娘といった感じではない。むしろ正反対。序章で朝名は、兄から「化け物」と呼ばれて蔑まれ、母親からは存在すら認識されていない境遇にある8才の少女として描かれる。手首に紐が巻き付いたような螺旋を描く奇妙な痣が浮かんだ時から、朝名は忌み子とされてしまったのだった。

 こんな痣があるから疎まれるのだと、手首をかきむしって痣を消そうとして血まみれになっていた幼い朝名に、「君、ひどい傷じゃないか……!」と声をかける若い男性がいた。男性は傷に膏薬をすり込み、手首を覆う黒いレースの手袋を渡して去って行った。それから8年。16才となった朝名は、夜鶴女学院に通いながらも忌み子扱いのままで、同級生たちとパーラーに寄って遊ぶようなことは許されず、女学院を卒業したら金で売り飛ばされる物のような扱いを、父や兄から受けていた。

 朝名が家族から愛されるどころか、激しい虐待を受けている理由は、痣が現れたことでその身に起こったある変化。それが、朝名を天水家の家業になくてはならない存在としながらも、同時に「化け物」として忌避される境遇に陥らせていた。死ぬまで平穏な暮らしは送れない。それは朝名の婿となり天水に入っても良いという男性が現れても変わらないと思っていた。

 ところが、見合いの場へと赴いた朝名の前に現れた時雨咲弥という男性が、真っ暗闇だった朝名の運命に変化をもたらす。

 『わたしの幸せな結婚』も、異能を持っていることが当然の家に生まれながら異能がまったく使えず、継母や継妹から虐げられ父親からも疎まれていた斎森美世という女性が、冷酷無慈悲と噂さされ、婚約者候補が来てもすぐに追い出す久堂清霞の家に嫁ぐという、どん底から細い糸をつかもうとするシチュエーションから始まる物語だった。下女のように扱われて来た美世の境遇も悲惨だったが、朝名もその身を苛まれ道具にされているという点が同様だ。だからこそ咲弥の登場が、美世と清霞の間に“しあわせな結婚”へと続く道が開かれたような光明をもたらすものだと信じたくなる。

 もっとも、作品が変わり登場人物も変われば展開も変わる。咲弥が天水の娘と結婚して婿入りすることを決断したのは、本人の希望というより敬愛する祖父のたっての願いをかなえるため。それは、天水の家にまつわる不穏な噂を耳にしても変わらないくらい強いものだった。自分の意志で婚約者を選んだ清霞とは少し事情が違う。とはいえ、見合いの場で出会った朝名が、父親から杖で殴られている姿を見たり、朝名の通う女学院に教師として赴任し、朝名の抱えた事情に触れたりしたことで、朝名を守りたいという気持ちになっていく。

 そしてもうひとつ、咲弥もまたその身に何か事情を抱えていそうだということが分かってきて、朝名と咲弥の出会いがただの成り行きではなく、深い闇にも似た運命によって導かれたもののような雰囲気が浮かんでくる。その行く末がタイトルから浮かぶ『人魚姫』のようなものなら、泡と消える恋になりそうだが、朝名は咲弥にとって通りすがりの存在ではなさそう。それではいったい何なのか?

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