もしも開高健の時代にSNSがあったなら? 宮内悠介『国歌を作った男』が描く、ノスタルジーとテクノロジー

宮内悠介『国歌を作った男』レビュー

 宮内ほどアグレッシブなかたちではなくとも、私たちはごく素朴に、日々刻々年を取っている、という意味で、動き、遠ざかり続けている。そのようにして、気づいた頃には遠く隔たってしまっている、だが、誰もが持つ「子供時代」をノスタルジックに回想する短編が、本書には多く収められている。NYの小学校に通っていた幼少期の思い出を振り返るエッセイとして当初は書かれた、という短編「PS41」。あるいは、多くのファンを持つゲームシリーズ「ヴィハーラ」を世に生み出し、人々の「幸せな子供時代」の記憶を呼び起こすアンセム(ゲーム音楽)を創造したジョン・アイヴァネンコという、移民三世の天才プログラマーの一生を描く表題作「国歌を作った男」。そして、幼少期からの憧れでゲーム開発会社を立ち上げるも、オリジナル作品が不発に終わり、現在ではパチンコ台の開発に追われている「ぼく」の、「幸せな子供時代」との別離がテーマとなる一編は、そのまま「夢・を・殺す」と題されている。

 やはり宮内らしいと思うのは、多くの場合、その郷愁が向く対象が「技術」だ、という点である。なかでも、本書がほとんど一貫して重きを置き続けるのが、新たに台頭した技術によって現役引退を余儀なくされたオブソリートな「テクノロジー」だ。壊れた「技術」=ジャンクへの愛慕を語ってみせる短編「ジャンク」は言うに及ばず、メンタルクリニックを営む「わたし」が西洋医学的な「根拠に基づく医療」(エビデンス・ベースド・メディスン)によって否定されたはずの「東洋医学」の神秘に魅了される短編「三つの月」や、長崎の対馬に生まれ、韓国人の父を持つことから「韓国さん」と差別的に呼ばれた主人公が、ルーツに立ち返ることで、自らの「ハンドメイド」な仕事を「悪くない」と受け入れられるまでを描く短編「国境の子」など、本書で「ノスタルジー」の対象として描かれる「テクノロジー」の定義は広範に渡っている。

 だから、その愛すべきガラクタの箱の底には、こんなものも眠っている。「ジャンク」の主人公、ジャンク屋の店主も板についてきた「ぼく」がウェブ記事のインタビューで「過去と現在をつなぎたい」と信念を語った場面のあと、店を訪れた常連客・カンさんに「まだ自分のことをジャンク品だと思うかい?」と問われた「ぼく」は、こう返す。「「ハズレのジャンク品ですよ。」/ぼくは笑って答えた。/でも、それでいいんです。ハズレのジャンク品がなきゃ、世界だって面白くないでしょ」(「ジャンク」)。感動的な一文である。無粋なので言ってよいものか迷うが、もちろん、ここで「ジャンク品」の比喩を借りて愛着を語られているのは、かつて「文学」と呼ばれたオブソリートなテクノロジーのことでもあるからだ。

■書籍情報
『国歌を作った男』
著者:宮内悠介
価格:1,980円
発売日:2月15日
出版社:講談社

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