現役最年長のミステリ作家・辻真先、最新作『命みじかし恋せよ乙女 少年明智小五郎』で示した力量

現役最年長のミステリ作家・辻真先の最新作

 現役最年長の日本のミステリ作家は誰か。こう聞かれたら、誰もが辻真先と答えるだろう。1932年生まれの作者は、NHK勤務を経て、アニメや特撮を中心に脚本家として活躍。一方で、漫画・劇画の原作も手掛ける(あまりにも作品数が多く、その全容は不明である)。そして1972年の『仮題・中学殺人事件』から、本格的にミステリの執筆を開始。以後、多数のシリーズものを生み出した。近年になっても創作意欲が衰えることなく、「昭和ミステリ三部作」――『深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説』『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』『馬鹿みたいな話! 昭和36年のミステリ』――を、二年に一冊のペースで刊行。また、2023年には「迷犬ルパン」シリーズの新作となる『迷犬ルパン異世界に還る』を、同人誌で上梓している。

 そんな作者の最新刊が、『命みじかし恋せよ乙女 少年明智小五郎』だ。物語の舞台は、大正八年の東京近郊の世田谷村。そこにある村一番の富豪である守泉家の屋敷だ。芝居用の舞台まである屋敷は、先々代からの普請道楽で建て増しを重ね、上から見るとひらがなの〝む〟の字のように見える。ゆえに「むの字屋敷」と呼ばれていた。

 帝国新報の記者・可能勝郎は、その「むの字屋敷」で行われる『番町皿屋敷』の芝居を取材するため、世田谷村に赴いた。演じるのは、旅芝居「なかむら座」。座頭の子の中村静禰が花形だ。だが「むの字屋敷」の周囲では、不審な出来事が続いていた。屋敷に着いた勝郎も、首のない鶏が吊るされているのを目撃する。さらに屋敷の人間関係も複雑なようだ。守泉家当主の余介は、苫米地部ゆらと、花谷歌枝という、ふたりの妾を抱えている。しかもゆらの娘で養女にした滴にも手を出しているという噂があった。男爵と呼ばれる守泉家食客の大田原金彦と妹の銀子。銀子専属の看護婦の仁科類子。緊縛画家の伊藤晴雨。晴雨のモデルの佐々木カネと、弟子の阪本牙城……。その他にも使用人や、屋敷に出入りしている人たちと、登場人物は多い。それを分かりやすく紹介しながら、作者は軽快にストーリーを転がしていく。

 なお、伊藤晴雨・佐々木カネ・阪本牙城の三人は、実在人物がモデルになっている。「あとがき」で自身の思い出と絡めて三人を語っているので、物語を読み終わった後に参照していただきたい。また、進行役の可能勝郎は、作者のシリーズ・キャラクターの先祖である。もともと辻作品は、どこかで繋がっていることが多い。本書もそのひとつなのである。ファンにとてっては、嬉しい趣向だ。

 さて、「むの字屋敷」に泊まって世話になる勝郎だが、さまざまな騒動に遭遇。さらっと、特殊な能力を持つ人物も出てくる。本書の帯にある「特殊設定」は、これを指しているのだろう。勝郎が目撃した、扼殺された女性の死体が消え、代わりのように福兵衛と呼ばれる竹で編んだ素通しの籠が現れるという、不可解な事件も起こる。困った勝郎は、帝国新報に寄稿している〝探偵小僧〟の明智少年に連絡。かくして明智少年と、明智家分家の中学生のゴロちゃんが、屋敷にやって来るのだった。

 タイトルに〝少年明智小五郎〟とあることからも分かるように、本書は江戸川乱歩の創作した名探偵明智小五郎の少年時代の事件となっている。かつて『焼跡の二十面相』『二十面相 暁に死す』という、「少年探偵団」シリーズのパスティーシュを執筆している作者である。本書もパスティーシュとして、存分に楽しめるようになっている。

 しかも、事件全体の構図や、張り巡らされた伏線が、実に鮮やか。やがて起きた、衆人監視下での殺人を経て、乗り込んできた警視庁の敏腕警部が、みんなを集めて推理を披露するあたりから、ページを繰る手が止まらない。時代設定・特殊能力・奇妙な屋敷・明智小五郎などなど、これだけ大量のネタを盛り込みながら、読みごたえのある本格ミステリに仕上げた、作者の力量に、あらためて恐れ入る。素晴らしい作品だ。

 現在、作者は〝レジェンド〟と呼ばれるが、伝説にするのはまだ早い。これからも現役のミステリ作家として、健筆を揮い続けてくれることを、期待しているのである。

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