地方書店の現状  成人向け雑誌の低迷、仕入れはAmazon、電子書籍の普及、人口減少……町の本屋は四重苦から脱却できるのか

中小の書店を切り捨てていいのか

 「書店業界が、今後は経営体力がある大型店に集約されていくのは間違いありません。出版社でも、取次を経由して流通させる旧来の手法を問題視している社員も少なくないと聞きます。単純に考えても、取次を通さずに直に卸せば出版社の利益は増える。流通させている間に汚れたり、日焼けするなど、劣化が進むデメリットも少ないですからね」

 こう阿部店長が話すように、利益を考えれば、地方の中小の書店を切り捨て、売上を出す都市部に取り扱い店を集約させた方が合理的であるのは間違いない。

 その手法をとっているのが腕時計業界だ。かつては、海外の高級腕時計は地方の時計店の店頭にも並び、問屋経由で注文することができた。今では人気ブランドは都市部の大型店や百貨店に限って品物を卸すようになり、中小の時計店は仕入れることすらできなくなった。ブランド側が問屋を介さず、直営店を開く例も目立つ。

 おそらく今後は、出版社が直に書店と取引し、大型店に優先的に販売を認めるパターンが増えてくると考えられる。その予兆は既にあると阿部店長が言う。

 「人気作家の新刊などは大手書店にしか入荷しなくなり、必然的に地方の中小書店は衰退していくでしょう。そして、品物がそもそもない上に取り寄せもできないとなれば、書店まで足を運ばなくなるという悪循環が生まれてしまいますね」

 一方で、取次があるおかげで、全国のどんな地方の書店であっても、本が手に入るシステムが確立されてきたのは事実である。これが日本の文化水準の向上に貢献したのは事実ではないか。

 書店では、表紙を見てコミックスを買い求め、作品のファンになるケースも少なくなかったはずだし、この記事の読者にもそうした出合いを体験した人もいるだろう。作家にとっても自身を知ってもらう契機になっただろうし、客側も出合いを求めて書店に通うのは楽しみだったはずだと思う。

 また、日本の文化となった漫画の黎明期を支えたのは、地方から上京した漫画家たちであった。トキワ荘の漫画家の藤子不二雄の両氏、石ノ森章太郎、寺田ヒロオらは皆、地方の出身だ。彼らが漫画家を目指すきっかけに挙げるのは、手塚治虫の『新寳島』や漫画雑誌『漫画少年』だが、こうした本が地方で手に入ったのはひとえに取次が築いた流通システムの賜物であろう。いわば新人の発掘と育成にも貢献したシステムを、なくしていいのだろうか。

リアルサウンドブックでもインタビューをした漫画家・ヒロユキの『カノジョも彼女』も、最新刊がしっかりとミケーネに並ぶ。書店があれば、全国で等しく本が買える。当たり前のようだが、実は奇跡的なことなのだ。また、実際に手に取って選べるのはネットにはない醍醐味といえる。

書店は地方にとって重要なサロンである

 漫画家初の国会議員である赤松健は、漫画文化を守りたいと考えているようだ。素晴らしいことである。であれば、同人誌即売会も確かに重要なのかもしれないが、それ以上に、地方の書店を残す政策に本気で取り組んでほしい。即売会で漫画家が育っても、そもそも売る場所が減少すればファンの増加につながらない。いわゆる漫画外交で漫画を世界に発信するのも良いことであるが、国内の市場をまずは大事にすべきではないか。

 特に、新人育成を重視するのであれば、漫画業界が一丸となって地方の書店を応援すべきである。というのも、地方の書店は、無名時代の地元出身の作家を真っ先に応援してくれる場でもあるためだ。地域の人々が地元の作家を知る契機にもなるだろう。ミケーネは町出身の漫画家のおおひなたごうや辻永ひつじのコミックスをそろえ、応援している。こうした販売手法は店舗がある書店ならではの強みで、WEB上の書店ではなかなか難しい。

ミケーネは地元の人々が持ち寄った野菜を販売する試みも行う。この日はセリが置かれていた。野菜を買いに来た人がついでに本を買っていくなどの相乗効果があるという。写真=背尾文哉

 コミュニケーションの場としても書店の存在意義は大きい。羽後町は喫茶店も少ない中、地域の人々から、気軽に集まれる場としてミケーネが選ばれているのだ。また、阿部店長の人柄を慕い、全国から訪れる人も少なくない。「こうした人々との触れ合いが、書店を継続する原動力になっています」と、話す。また、隣町、横手市で活躍する消しゴムハンコ作家のJUMBOは、ミケーネに通い詰める一人である。

写真=JUMBO

 「店主さんや、たまたま居合わせた地域住民と雑談をする中で、作品のアイディアが浮かぶこともあります。作品について遠慮なく意見をもらったり、お仕事を突然いただくこともあります。今回、ミケーネさんの御書印を作成させていただきましたが、これも何気ない雑談から生まれました」

 ミケーネでは、書店の取り組みとして注目されつつある御書印を取り扱っている。ハンコのデザインは前述のJUMBOが手掛けた。「ミケーネの御書印は羽後町の鳥と木である鶯と梅を、花札の様にデザインしています。意外と羽後町民でも町の鳥と木を知らない人が多いことを知り、今のデザインにしました。このデザインに興味や疑問を持った人が図案のネタを調べたり、考えたりして、そこから地域を知ったり、新たな魅力を見つけてくれる事を期待しています。そしてミケーネを中心に観光をはじめ人の流れや交流が生まれてくれば幸いです」と、話す。

  ミケーネは今や、羽後町においてなくてはならないサロン的な役割を担い、文化発信の基地としても欠かすことができない存在になっている。書店を地域のインフラと考え、具体的な動きを始めた自治体もある。青森県八戸市は自治体が運営している書店「八戸ブックセンター」を設立している。今年は福井県敦賀市でも同様の書店がオープンした。

 日本が優れている点は言論の自由がある点で、一つの物事に対して、賛否両論、様々な立場から本が出版されている。書店ほど公平中立な思想に触れられる環境は珍しいし、大学で学ぶような知識が本を通じて得られるのだ。知識のインフラとしての書店の重要性を、もう一度考え直す時期に来ているかもしれない。地方の書店の在り方はどうあるべきか。議論が進むことを願いたい。

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