注目のブックビジネス【前編】鹿島茂が手がける「PASSAGE」&「ALL REVIEWS」の革新性

鹿島茂インタビュー

 博覧強記のフランス文学者、鹿島茂氏が本の新ビジネスをプロデュースしていることをご存じだろうか。今年3月東京・神保町に開店したシェア型書店「PASSAGE by ALL REVIEWS」と、2017年に生まれた書評アーカイブサイト「ALL  REVIEWS」だ。鹿島氏の発想を、運営会社社長の由井緑郎氏が形にし、経営を担う。書店の減少が止まらず縮小を続ける出版市場で新ビジネスを立ち上げた二人は何を生み出そうとしているのか。前編では鹿島氏にご自宅にてお話を伺った。(伏貫淳子) 

人が価値を認めていないものに価値を付加する

――「神田古本まつり」と「神保町ブックフェスティバル」が先日、3年ぶりに開催され、神保町が大変賑わいました。PASSAGE by ALL REVIEWS(以下、PASSAGE)もブースを出していましたね。 
ちょうど10月に、神保町がいかにして世界に類を見ない(古)書店街になったかを解明した鹿島さんの大著『神田神保町書肆街考 』が文庫化され、瞬く間に神保町の書店で文庫売上1位にランクインし話題です。あとがきではPASSAGE開店について書いておられます。この本は鹿島さんが神保町を隅々まで歩いた身体的把握が考察のベースになっていますが、神保町とは縁が深いのですか? 

鹿島:この街の大学に30年勤務し、仕事場を借りて神保町に移り住んで6年半暮したことが執筆のきっかけとしては大きいですね。この街の住人と付き合っていると、昔の村がほとんどそのまま保存されている感じなんです。その構造のおもしろさとか、かつて中華街があったこととか、歴史をたどっていくといろんなことがわかってきて、実におもしろい。本屋さんと大学が蝟集していることはずっと不思議だったから、その不思議を解き明かし、社会発達史的に神保町を考察したのがこの本です。 

――「昔の村がそのまま保存されているような」とおっしゃる神保町に、今回、新しいスタイルの書店PASSAGEを作られたわけですね。店を通りかかるといつも賑わっています。女性や若い人が多く、周囲の古書店と雰囲気が違います。 

鹿島:誰でも入りやすいように開放的に作りましたからね。 

――PASSAGEは店の本棚を一棚単位で貸し出すシェア型書店で、棚を借りた人はその棚で書店を営めるシステムです。昨年から増えていて今話題の書店スタイルですが、その中でもPASSAGEは著名な作家や書評家の人々が棚を借りていることで特に注目されています。神保町でここだけ異空間のような雰囲気のかつてない書店を、町の中心であるすずらん通りに作ったのはかなり冒険的だと思います。 
鹿島さんはフランス文学者ですが、『渋沢栄一』()、『小林一三―― 日本が生んだ偉大なる経営イノベーター』など実業家の評伝を積極的に書いてこられ、とうとう自らALL REVIEWS とPASSAGEをプロデュースしました。鹿島さんの中に起業家精神のようなものを強く感じるのですが。

PASSAGEのファサードに描かれたロゴ(撮影:與曽井陽一)

鹿島:僕は横浜の酒屋の息子で、商売はいやだなぁと思って研究者になったんです。しかし、回り回ったあげく商売を始めてしまいました。商業は古書や研究と似たようなところがあって。人が捨てるものを拾うことなんです。人が価値を認めていないものにこそ価値があると考える。まとめ方や切り取り方によって、新しい価値を付加する。研究者も物書きも同じであって、それがおもしろい。人がやっていることを追随してもちっともおもしろくない。ビジネスも、資本集約型は私にとってはおもしろくない。そうではない商業形態はないかなぁ、しかも、自分だけが得するのではなくて人にも喜んでもらえるものがいいなぁ、と考えたのが、書評アーカイブサイトALL REVIEWSと、PASSAGEです。 

捨てられた屑のようになった書評を集めて本を生き永らえさせる

――ALL REVIEWSは新聞や雑誌など紙媒体に掲載された書評を誰でも無料で読むことができます。どんなきっかけで発想したのでしょう。 

鹿島:書評というある意味捨てられた屑みたいなものを集めたわけです。 

――どういうことでしょう。 

鹿島:僕も書評を書くけれど、書評家って不遇なんです。労力と時間をかけてどんなに力をこめて書いても、新聞や雑誌に掲載されたらそれでおしまい。書評集を出せるのはかなり例外的な人で、掲載後の膨大な書評が誰にも読まれず眠っているわけです。もったいない! 書評を書いていてあまりにもむなしい。そこで、眠っている書評をネットで誰でも読めて、読んだ人がその本を買うと書評家に還元されるシステムを作ろうと考えた。そうすれば、書評が読まれることで本も復活し、本の命が延びることにつながるだろうなぁ、と。 

――品切れや絶版の本も復刊するきっかけになるかもしれませんね。鹿島さんが、ALL REVIEWSとPASSAGEそれぞれの立ち上げで「本を本来の姿である『耐久消費財』に戻す」と一貫しておっしゃっているのは、そういう意味なんですね。 

鹿島:それに、今の時代、物書きとしてやっていくにはネットで名前が流通していないといけないでしょう? ネット上に書評があることは書き手にプラスになる。 

(撮影:はぎひさこ)

 

自分が書いた本は自分で売ればいい

――その書評サイトALL REVIEWSが、シェア型書店PASSAGEにどうつながっていくのでしょう? 

鹿島:書評家の多くは作家や学者などの物書きであるわけですが、物書きも不幸なんです。「自分が書いた本はこんなにすごいのに、なんで売れないんだ!」「なんで俺の本が書店に置いてないんだ!」という怒りを抱えている。 

――(笑)。 

鹿島:そこで、ALL REVIEWSに参加している書評家の皆さんに「自分で本屋(古本屋)さんになっちゃえばいいじゃん!」と呼びかけた。リアル書店を構えて、そこの本棚の棚を借りていただき、その棚で自分で本屋を開業してもらう。その後、一般の方々に向けても棚主を募集しました。 

――確かに著者は一般的な本の流通に関与できません。だからPASSAGEは古書の売買だけでなく、新刊を仕入れて売るシステムもあるわけですね。先日、鹿島さんがPASSAGEで自著の新刊を仕入れ、「自分が書いた本を自分で売り切るための本屋という、PASSAGEが掲げる一つの理念を実践するためです。」とツイートなさっていました。 

鹿島:物書きは、自分の本を売ってほしいんだったら、自分で売ればいいんです。直販制ですね。書いたあとは売れようが売れまいが印税をもらえば関係ない、というのはいけないのであって。自分で売ると、本がどのくらい売れるかあるいは売れないかがわかるし、商業形態の仕組みもわかる。創意工夫もする。PASSAGEでは売る人が自由に値付けできるから、自分の著書に自分で値段をつけたらどうなるかという経験もできる。 

――著作がある棚主さんたちは著書にサインをするほか手書きのメッセージをはさんで売っていたり、「お買い上げありがとうございます」「今日、搬入してきました」などツイートしていたり、本屋さんの仕事に生き生きと励んでいる様子です。

鹿島:実際にやってみたらおもしろいと思いますよ。そして、物書きというものは反応をダイレクトに感じる機会がなかなかないけれど、PASSAGEでは感じられる。一冊売れるたびに棚主にメールで通知されるシステムなんだけど、政治学者の原武史さんは「この通知音が鳴るたびに自分が欲されていると感じられてうれしい」と言っていましたね(笑)。 

――ファンの読者がたくさんいるような著者の方々でも、ダイレクトな反応に欠乏感を感じているとは意外です。今伺ったような書き手としてのフラストレーションが、鹿島さんがPASSAGEを作った主な動機ということでしょうか。 

鹿島:それもあるけど……僕は、本を捨てることがどうしてもできない……。だから本がたまっていくばっかりで。自分が買った本は、同じように思い入れがある人の手に直接渡るといいなぁという気持ちからです。

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