連載:道玄坂上ミステリ監視塔
連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2022年5月のベスト国内ミステリ小説
今のミステリ界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。
事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。
関東地方はついに入梅いたしました。雨が続くとなかなか外出もしたくなくなりますが、そういうときこそ楽しい読書を。今月もミステリでお楽しみください。
千街晶之の一冊:阿泉来堂『贋物霊媒師 櫛備十三のうろんな除霊譚』(PHP文芸文庫)
小野不由美の「ゴーストハント」シリーズ、有栖川有栖の「濱地健三郎」シリーズ等々、超常現象が絡む事件を解決するゴーストハンターものの作例は数多いが、ここに新たな逸品が誕生した。櫛備十三は腕利き霊媒師という触れ込みながら、実は霊感はあるものの除霊の能力など全くない。そんなポンコツな彼が助手の美幸に叱咤されながら、数々の心霊案件を解決しようとするのだが、意外なところにトリックが隠されていて、用心しながら読んでいても騙されてしまうのだ。心霊ホラーでありつつ、本格ミステリとしての切れ味も抜群な連作である。
野村ななみの一冊:阿津川辰海『入れ子細工の夜』(光文社)
阿津川さんの短篇集第二弾である。前作同様、収録作四篇はそれぞれ異なる趣向が凝らされている。とある本を探す探偵のハードボイルドな一話目に、「犯人当て入試」に巻き込まれた受験生と関係者を描く二話目。真相が二転三転する表題作は、読了後タイトルを確認せずにはいられない。四話目は、学生プロレスの覆面レスラーたちによる密室劇だ。全話ニヤニヤしながら読んでいたが、得体のしれない不気味さが急に顔を覗かせる描写もあって、最後まで気が抜けなかった。コロナ禍を反映しつつ、本格ミステリへの愛と遊び心に満ちた一冊である。
若林踏の一冊:阿津川辰海『入れ子細工の夜』(光文社)
磨き抜かれた謎解きの技巧と、古今東西のあらゆるミステリ作品へのリスペクトが溢れんばかりに詰まった短編集である。収録作はいずれも高い完成度を誇るが、なかでも一押しなのが「二〇二一年度入試という題の推理小説」だ。コロナ渦による受験生の習熟度の差を考慮した大学が、入試問題に犯人当てを採用するというユーモラスなお話なのだが、その裏には謎解き小説に対する極めて鋭い批評的な視点が織り込まれており、思わず唸る。密室劇を描いた表題作も素晴らしく、某英国作家のある有名短編をはじめて読んだ時の興奮が蘇った。
酒井貞道の一冊:紺野天龍『神薙虚無最後の事件』(講談社)
高校生名探偵の実話小説として一世を風靡し今は忘れられた《神薙虚無》シリーズ。その最終作の未解決の謎に、名探偵を擁する大学サークルが挑む。彼らは、シリーズ作者の娘に懇願されて推理を引き受けるが、「事件関係者や依頼人の利害や幸福など度外視し、真実を最優先する」名探偵の特性が強調されることで、複数人物による多重推理はスリリングに展開する。しかも真相と伏線がナイス。名探偵の宿命をテーマとして扱いながら、重苦しい物語にはなっていない。快刀乱麻を断つ切れ味を、多重解決かつこのテーマで楽しめるのは素晴らしい。