【連載】嵯峨景子のライト文芸新刊レビュー 氷室冴子の伝説的な古代ファンタジー復刊など、5作品をセレクト

『少女小説を知るための100冊』や『少女小説とSF』などの著作で知られる書評家の嵯峨景子が、近作の中から今読むべき注目のライト文芸をピックアップしてご紹介する連載企画。今月はメディアワークス文庫創刊15周年を記念するアンソロジーや復刊された氷室冴子の名作ファンタジーなど、5タイトルをセレクト。
『君に贈る15ページ』(メディアワークス文庫)
メディアワークス文庫創刊15周年を記念するアンソロジーの第一弾。高畑京一郎や時雨沢恵一らレジェンドから新進気鋭の作家まで、メディアワークス文庫を代表する豪華作家陣15名が「一人15ページ」という枠の中で個性あふれるストーリーを展開する書き下ろし短編集である。短いページの中でも各作家のカラーが打ち出されており、極めて満足度の高い一冊に仕上がっている。どこから読んでも楽しめるので、ぜひお気に入りの一編を見つけてほしい。
以下、個人的に印象深かった作品を挙げていく。避難所での忘れがたい一夜を描く三秋縋「されど世界の終わり」や、苛立ちを抱えた中学生と若い女性の束の間の交流を綴る松村涼哉「息継ぎもできない夜に」は、閉塞感と共に夜の忘れがたい情景が鮮やかに立ち上がる。綾崎隼の書簡恋愛小説「十五年後もお互い独身だったら結婚しようねと約束した二人の物語」は、メディアワークス文庫の作品が実名で登場してレーベルの歴史もあわせて語られる。「こんな図書館に私も行きたい!」と思わせられた古宮九時「余白の隠れ家」や、くすりと笑える高畑京一郎「朝の読書だnyan」など、言及できなかった作品を含めて隅から隅まで楽しんだ。
太田紫織『黒雪姫と七人の怪物 最愛の人を殺されたので黒衣の悪女になって復讐を誓います』(新潮文庫nex)
世のトレンドは不遇なヒロインが高スペックのヒーローに一途に溺愛される甘やかなロマンスだが、個人的にはシビアで容赦のない物語にも惹かれてやまない。そんな嗜好を持つ私の心に突き刺さったのがこの作品である。
とある力を持つ少年シロは、彼を恐れる人々から故郷を追われて北の公国に逃げてきた。墓守の手伝いという仕事にありつくが、深夜の安置所で不審な出来事があり、禁を破って忍び込む。そこにいたのはこの国で禁じられた黒い服を身にまとう貴婦人で、シロは彼女のメイドに人違いで刺されてしまう。アナベルと名乗るその貴婦人は、冤罪で処刑されて爵位を剥奪された夫の名誉を回復し、彼を陥れた人たちを地獄に落とそうと復讐を誓っていた。シロは彼女の従僕となり、主人に気安い口を聞く執事や、無口で武闘派なメイドと行動を共にするようになるが――。
一見儚げに見えるアナベルだが、彼女の心には狂気と紙一重の愛があり、苛烈な行動や悪女的な一面は強烈なインパクトを残す。第一公女が殺されて揺れ動く北の公国を舞台に、人間が隠し持つ邪悪な感情やおぞましい事件と、絶望の中に残された救いを描くユニークな物語だ。元伯爵夫人と訳あり従僕が育む絆の行方に期待を寄せたい。
氷室冴子『銀の海 金の大地1』(集英社オレンジ文庫)
90年代に氷室冴子が発表した伝説的な古代ファンタジーが、満を持して復刊された。コバルト文庫版のイラストレーター・飯田晴子による描き下ろしカバーに加え、収録挿絵も当時を踏襲しつつほぼ新規描き下ろしという復刊は画期的で、かつてシリーズを愛読した読者も、この復刊で初めて『銀金』にふれる読者も満足する内容に仕上がっている。
時は4世紀。淡海の息長族の邑に身を寄せる14歳の真秀は、病気で寝たきりの母・御影と、目も耳も使えないが、霊力で真秀とだけは会話ができる兄・真澄と暮らしている。真秀たちの父は、大和の大豪族である和邇の首長・日子坐。だが母子は見捨てられ、奴婢よりはマシという暮らしをおくっていた。ある日、真秀は御影が大和に古くから住む一族・佐保の出身であることを知り、運命の歯車が動き出す。
『古事記』を下敷きにした物語は、少女真秀に襲いかかる過酷な試練と、日子坐や真秀の異母兄・美知主など、大和の豪族たちの政治的野心を交差させながら進む。少年少女世代だけでなく、大人たちの世界の愛と憎しみにも切り込む、壮大かつ骨太な歴史大河小説だ。荻原規子の『空色勾玉』や小野不由美の『十二国記』が好きな人などにおすすめしたい、要注目のファンタジーである。