連載:道玄坂上ミステリ監視塔
連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2022年4月のベスト国内ミステリ小説
今のミステリ界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。
事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。
ゴールデンウィークは終わりましたが、寒さがぶり返すなど変な気候が続きます。どうぞお風邪など召されませんように。ではでは、今月のミステリ界動向についてお知らせいたします。
野村ななみの一冊:呉勝浩『爆弾』(講談社)
都内に爆弾が仕掛けられた。容疑者は、ある傷害事件で連行された中年男スズキタゴサク。取り調べ最中だった彼の予告通りに爆破事件が発生し、焦る警察にタゴサクは言う。「次は一時間後に爆発します」。恐ろしいことに、タゴサクが翻弄するのは刑事だけではない。取調室を舞台に行われる爆弾魔と警察の頭脳戦を通し、読み手もまたその言葉に左右され始めるのだ。果たして自分は、本心からタゴサクを否定できるか? 誰もが心の内に抱える「悪意の爆弾」は、思っている以上に着火しやすい。タゴサクに魅入られないよう、ご注意を。
酒井貞道の一冊:呉勝浩『爆弾』(講談社)
微罪で逮捕された中年男スズキタゴサクが、霊感だと嘯いて都内での連続爆発事件を予見する。最初の爆発はその予見通りに起きた。警察は彼を犯人とみなし、次の爆発地点を供述させようとするが、タゴサクは謎かけと取調官の性格分析を始める。前半では、自虐塗れのタゴサクの存在感が圧倒的だ。格差・貧困・無敵の人などの要素を全て飲み込み、踏み越えた先にある、底抜けの不気味さ。この人物を、よくもこれほどしっかり描写できたものだ。そして後半は、各警官の信念・思想が前面に出て、物語は熱く疾走する。真相も強烈。オススメです。
千街晶之の一冊:呉勝浩『爆弾』(講談社)
タイトルは『爆弾』、作中で起こる犯罪も大規模な爆破事件。しかし、この小説で最も猛威を振るう凶器は「言葉」ではないだろうか。謎の男、自称「スズキタゴサク」、本名も身元も一切不明の彼は、見た目は冴えない中年男ながら、膨大な言葉の奔流で警察官たちを好き放題に翻弄し、都民の生命を自らの掌上で転がし続ける。最後、一応この男の目的は明かされるものの、これほどの言霊使いぶりをどんな人生で身につけてきたのかという謎は残る。ミステリ史に残るこの危険な犯罪者を前にして、読者の倫理はどこまで元のままでいられるだろうか。