『本を読んだことがない32歳がはじめて本を読む』なぜベストセラーに? 新たな読書を追体験できる楽しさ
■2024年最も話題の書『本を読んだことがない32歳がはじめて本を読む』
「本離れ/活字離れ」という言葉が語られるようになって久しいなか、2024年8月、最高に「本が読みたくなる」一冊が誕生していたことをご存じだろうか。
今年は『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(三宅香帆/集英社新書)がベストセラーとなり、高齢者の読書会を題材にした『よむよむかたる』(朝倉かすみ/文藝春秋)が第172回直木賞の候補に選ばれるなど「本を読むこと」にフォーカスした作品が注目を集めたが、その楽しさをかつてない方法で伝えているのが、『本を読んだことがない32歳がはじめて本を読む 走れメロス・一房の葡萄・杜子春・本棚』(かまど・みくのしん/大和書房)だ。本書の勢いは止まらず、今回「本の広告」の専門会社として知られるとうこう・あいが主催し各出版社が参加した「2024年わが社で話題になった本フェア」でも見事読者投票によって1位に輝いた超話題作である。
「2024年わが社で話題になった本フェア」の特設サイトはこちら!
発売から3日で5万部の重版が決まり、瞬く間に累計8万部のベストセラーとなった本書。その原点は、2022年にネットを騒然とさせた「本を読んだことがない32歳が初めて『走れメロス』を読む日」(https://omocoro.jp/bros/kiji/366606/)という企画記事だ。優に100万人以上が読んだ同記事を掲載したのは、YouTubeチャンネルも大人気の“ゆるく笑えるコンテンツに特化したWebメディア”=「オモコロ」。2005年の開設以降、『変な家』『変な絵』で大ブレイクしたホラー作家・雨穴、佐渡島傭平が「天才」と評する小説家/漫画原作者のダ・ヴィンチ・恐山、ギャグ漫画『カッコカワイイ宣言!』で知られる地獄のミサワ、『ネコノヒー』などの人気作がある漫画家・キューライスなど、多くの個性的な作家を輩出してきた同メディアが、またも出版業界に大きなインパクトを与えた格好だ。
■太宰治『走れメロス』こんな読み方できるの?
さて、本書はタイトル通りのシンプルな内容で、「生まれて一度も読書をしたことがない男が本を読んだら、いったいどうなるんだろう」という疑問に端を発したドキュメンタリーだ。初の読書に挑む「みくのしん」、そのガイドをしながらツッコミや合いの手を入れていく「かまど」という二人のオモコロライターによる掛け合いが楽しくて、読み始めればすぐに、大きなバズを起こした理由がわかるだろう。
冒頭で「一度も読書したことがないってどういうこと?」という多くの人が抱くだろう疑問に丁寧に応えつつ、「本が読めない理由」を深掘り。そのやりとりが軽妙で、それこそ「読書が苦手」な人にもストレスなく読み始められる構造になっているのが、メタ的に面白い。みくのしんに共感する人も、「読書の楽しさを知ってほしい」と期待する人も、少しソワソワした気持ちでページをめくっていくことになる。
最初に手に取ったのは太宰治による短編小説、ご存じ『走れメロス』だ。かまどに「このペースで読んでたら、季節が一巡するぞ」とツッコまれながら、みくのしんは一文一文を噛み締めて音読していく。子どものようなピュアなリアクションもありながら、年齢を重ねてきた大人の洞察もあり、最初は笑いになっていた読了済みの人たちとの「ズレ」が、やがてあらたな気づきを与えてくれる鋭い指摘にも思えてくる。多くの人が単に「暴君」と記憶しているだろう王様にすら感情移入し、涙を流すみくのしんの姿(※本書には写真も豊富に掲載されている)を見て、その純粋さに思わず微笑ましくなる。「お前、読書向いてるよ」というかまどの合いの手が、さらに共感を誘う。
みくのしん&かまどとともに、通常の何倍もの時間をかけて『走れメロス』を読了したとき、まったく新しい読書体験をしたことに気づく。多人数で同時に楽しめる映画や音楽と違い、個人的な経験になりやすい「読書という時間」をとことんまで共有してくれる本書を読むと、ひとつの物語のなかに、事後にそれぞれの「感想」を言い合うだけでは伝わらない、読み手に応じた無限の輝きがあることがよくわかる。よく知っていたはずの物語がこんなにドラマチックだったなんて! という感動が、これまで読んだことがある人にとっても特別「体感」として共有できる。
本書には『走れメロス』のほか、有島武郎『一房の葡萄』、芥川龍之介『杜子春』というこれまた多くの人が読んでいるだろう名作、そしていまや『変な家』で大ベストセラー作家となったオモコロライター仲間・雨穴の書き下ろしによる短編『本棚』が収録されている。雨穴自身も交えて展開される読書パートは、ヒットメーカーの創作論にも触れられる内容で、もともと本が好きな読者も唸らせるに違いない。
年末年始の長期休暇で「たまには本を読んでみようかな」と少しでも思っている方は、まず『本を読んだことがない32歳がはじめて本を読む』から始めてみよう。みくのしんほどのエネルギーで作品と向き合うのはなかなか難しそうだが、瑞々しい感覚で読書を楽しむことができるはずだ。