『罪の声』塩田武士が放つ、新たな社会派ミステリー 時代の構造を浮き彫りにする『朱色の化身』
プロ棋士を目指す男と、その周囲の人々を熱い筆致で描いた『盤上のアルファ』でデビューした塩田武士は、以後、順調なペースで作品を発表。グリコ・森永事件をモチーフにしたミステリー『罪の声』が大きな評判となり、第七回山田風太郎賞を受賞した。映画化やコミカライズ化されているので、ご存じの人も多いだろう。
その作者の最新刊『朱色の化身』は、昭和三十一年四月二十三日に、福島県の北端にある芦原温泉街を襲った大火災から始まるミステリーだ。実在の出来事を作品に組み込んでいるので、『罪の声』(こちらは、あくまでモチーフだが)を連想してしまったが、物語の読み味はかなり違う。新たな、塩田流社会派ミステリーといえるだろう。
本書はまず序章で、芦原温泉(現在はあわら温泉とも呼ばれる)の大火災と、それに見舞われた人々の姿を活写する。平凡な日常をやっと得た幸せな場所を、突然奪われた人たちの描写が迫力あり。序章だというのに、いきなりクライマックスといった感じである。そして大火災が収まった後、少女が目撃した衝撃的な光景を見せつけて、序章は終わる。この場面に、いったいどういう意味があるのか。早くも物語にのめり込んだ。
続く第一部で、時間は二〇二〇年に飛ぶ。元新聞記者のライター・大路亨は、辻珠緒という女性とコンタクトを取ろうとして、彼女が勤める映像制作会社『Realism』の社長の王雨桐と会った。しかし彼女は「しばらく会社を休みたい」というメールを会社に送り、音信不通になっている。珠緒を捜すために、彼女の人生とかかわりのある人たちにインタビューをする大路。過去へ過去へと遡るうちに、彼は珠緒の人生に強く惹かれていくのだった。
というのが第一部の粗筋だ。大路が珠緒とコンタクトを取ろうとした理由は、実父の松枝準平から彼女と会いたいと頼まれたことや、大路の祖母と珠緒の祖母に何らかの関係があったらしいなど、断片的なことしか分からない。それでもページを繰る手が止まらないのは、しだいに明らかになる珠緒の人生が、実に興味深いからだ。
今は、一世を風靡したゲームの開発者として知られる珠緒。しかし芦原での少女時代は、決して恵まれたものではなかった。幼い頃から聡明だった彼女は京都大学に行き、銀行の総合職に就職。その後、京都の老舗和菓子屋の跡取りと結婚するが、数年後に離婚。ゲーム好きであり、自主製作したゲームが評判になったこともある。それが縁になりゲーム業界に入り、やがて王にスカウトされ現在に至るのだ。また、自身が企画したゲームで、友人の息子がゲーム依存症になったことを知り、治療のために尽力したこともある。関係者の証言によって、しだいに形作られる珠緒の人生は、ひとりの女性を通じて描かれた、昭和後半から平成の半世紀強のクロニクルのようだ。いかに社会が変わり、だけど時代時代の問題が尽きないか、作者は冷静に綴っていくのである。本書の中に、以下のような一文がある。
「ゲーム障害」「家柄の格差」「銀行総合職」「就職差別」「親友の逮捕」「実父による連れ去り」……それは確かに個人の人生に違いなかった。だが、同時に時代の構造を浮き彫りにするストーリーでもあった。
これが本書の重要なテーマのひとつといっていい。