SF&ミステリの早川書房、なぜ“声優”と“VTuber”のライト系小説を刊行? 進む新たな才能の発掘
狭き門をくぐりぬけ、ようやく入り口に立てる声優の世界とは違って、機器が揃えば誰でも今日からでもなれるのがVTuberの世界だ。ただし、そこで人気を獲得するまでには、声優になることに負けず劣らず激しい競争がつきまとう。
塗田一帆『鈴波アミを待っています』に登場する「鈴波アミ」というVTuberが人気者になれたのは、元からの熱がこもったトークに共感したプロの漫画家がアバターをデザインし、人気VTuberがコラボに呼び、ファンのアクセスが瞬間的に激増してVRSNSが落ちるといった話題が重なったから。いったん知名度を得た以上、あとはどこまでも駆け上がっていくだけと思われた矢先、「鈴波アミ」はネットから消えてしまう。
予定していた1周年記念の生配信に現れず、コラボしていたVTuberとの連絡も途絶えて行方知れずとなった「鈴波アミ」を、出現時から追いかけていた主人公が探していく展開の中に、リアルとバーチャルが今以上にシームレスになった未来、人間もアバターも違いなく存在できて、VTuberといった括りも必要なくなる世界が訪れるといった「鈴波アミ」の願望が語られる。
それは、早川書房が得意とするSF作品の『スノウ・クラッシュ』で、ニール・スティーヴンスンによって描かれた世界を思わせる。いつか来るそうした世界の訪れのために、日々進歩しているテクノロジーをドライブさせる存在として、人気コンテンツの存在が不可欠なのだとしたら、VTuberは世の中を未来へと導く神なのかもしれない。そんなことを思わせてくれる作品だ。
『鈴波アミを待っています』は、ジャンプ小説新人賞2020テーマ部門《金賞》を受賞した短編を長編化したもので、集英社ではなく早川書房から出た経緯が気になる。早川書房では以前、小説投稿サイトの「小説家になろう」に掲載されていた平鳥コウ『JKハルは異世界で娼婦になった』を刊行し、最近も「なろう」発のかみはら作『転生令嬢と数奇な人生を』を刊行した。ハヤカワSFコンテンストやアガサ・クリスティー賞といったSFやミステリの新人賞から来る人とは違った才能を、ラインアップに加えようとしているのかもしれない。
「S-Fマガジン」も「百合SF」特集を企画し、最新号で「BLとSF」特集を掲載するなどポップカルチャーの流行に乗る気配を見せている。声優とVTuberをそうした動きの先触れにして、次に持って来るのはNFTアートかそれともAI小説家か。今後のラインアップから目が離せない。