「まるで本当に起こった話かのように」書かれたSF短編集 サラ・ピンスカー『いつかどこかにあった場所』を読む

ピンスカー『いつかどこかにあった場所』評

 米国出身の作家で、ミュージシャンとしての活動歴もあるサラ・ピンスカーは、2010年代から短編小説を発表し始め、2010年代後半から優れたSFやファンタジー小説に与えられる賞の常連候補となり、ヒューゴー賞やネビュラ賞、フィリップ・K・ディック賞を受賞している。

 日本ではまず、長編『新しい時代への歌』(村山美雪訳/竹書房文庫、2021)や短編集『いずれすべては海の中に』(市田泉訳/竹書房文庫、2022)が出版された。『いずれすべては海の中に』は、早川書房の『SFが読みたい!』の2022年ベストSFランキング海外篇では、アンディ・ウィアー『プロジェクト・ヘイル・メアリー』(小野田和子訳/早川書房)に次ぐ2位だ。期待され、注目されてきた作家である。

現代を映す“はざま”の物語たち

 そんなピンスカーの新刊『いつかどこかにあった場所』は著者の第2短編集だ。収録作12編のジャンルはあいまいで、SFやファンタジー、ホラーのはざまにある。

 舞台は現代か、至近未来が中心だ。派手な事件より、その世界での日常生活の一幕を描いた作品が多く、ムードは明るくない。長編『新しい時代への歌』の路線がさらに追求されている印象だ。

 さて、一作目「二つの真実と一つの嘘」の主人公ステラは、高校時代の友人マーコとひさびさに交流を持ち、孤独のうちに突然死したマーコの兄デニーの自宅の整理と清掃を手伝う。家は玩具やCDや雑誌が溜めこまれたゴミ屋敷と化していた。そこで2人が思い出したのは、ローカルテレビ局が放映していた奇妙な子ども向け番組『アンクル・ボブ・ショー』だ。思い思いに遊ぶ子どもたちにアンクル・ボブが一方的に妙な話を語るショーで、地元の親たちは託児所代わりに子どもを預けて出演させていた。そして亡くなったデニーは、かつてこの番組に出演した子どもたちのその後の人生を調べていたのである。

 次の作品「われらの旗はまだそこに」の舞台の国には奇妙な制度がある。抽選で選ばれた人間を〈国旗〉として赤白青の色で染め上げて高所に掲げるのだ。駅や飲食店には〈国旗〉掲揚の中継映像を流すスクリーンがある。こんな体制下で、語り手はまさに〈国旗〉に選ばれた人の当日準備を手伝う仕事をしていた。

 「いずれ宮廷魔術師になる少年」は寓話めいたファンタジー。ある種の才能や性質を持つ子どもは宮廷魔術師候補としてスカウトされる。摂政を助け、国家レベルの問題を解決し続ける重要な役目だ。だが魔術師は、魔法の代償として自分の持つものを形の有無を問わず次々と失っていくさだめだった。

洗練された恐怖、音楽への愛

 本書では、社会や運命の犠牲となる個人がくりかえし描かれる。

 「今日はすべてが休業してる」では爆弾事件のため、あらゆる店や窓口が閉まる。夜間の外出も禁じられる。劇場や図書館まで閉鎖され、人々はただ自宅待機を命じられる。時給で働く人が生活に困るにもかかわらずだ。主人公は危機に乗じて個人から奪われる自由を取り戻そうとする。

 近未来もの「ケアリング・シーズンズからの脱走」では、80代の老女ゾラが高齢者向け居住区からの脱走を企てる。運営組織は家族や本人の退院の希望を突っぱね、規範に沿った健康で安全な日々を送らせるのみ。人間のスタッフはぎりぎりまで減らされ、すべてはAIや計測された数値を基準にコントロールされる。「山々が彼の冠」では異世界あるいは異星の農家が皇帝の命令に反論する。

 これら3作では、個人が抑圧に立ち向かう決意を抱く。犠牲にならない、犠牲を出さないという選択が一貫している。ガチガチの管理体制はけっして悪意で生まれるわけではない。たとえば「ケアリング・シーズンズからの脱走」のゾラは都市計画の有識者として居住区の設計に携わっていた側だ。本書の収録作は、いずれも2010年代後半から2020年代前半にかけて発表された。つまりは第一次トランプ政権や新型コロナウィルスによるパンデミックの体験を養分に著者が育てた暗い想像が詰めこまれているのだ。

 とはいえ、毛色が異なる作品もある。

 たとえば「ぼくにはよく、騒音の只中に音楽が聞こえる」では、二〇世紀初頭のニューヨークのアーティストたちと、彼らがいた建物がこまやかに語られる。まるでドキュメンタリーだ。私をふくむ、この分野の知識が乏しい読者は何が事実で何が虚構か見分けがつかないだろう。おそらくは本来、一堂に会するはずがない顔ぶれが集い、熱狂の夜を分かち合う点においてファンタジーなのだ。往年の音楽家や芸術家、建築物への敬意と愛がみなぎっている。

 もうひとつは「オークの心臓集まるところ」。英国の民謡「オークの心臓集まるところ」についてネットフォーラムでユーザーたちが論議する体裁を模して書かれている。異様な歌詞とその解釈、起源と考えられる村や伝説。そしてこの民謡の研究者の失踪。実際に機能するYoutube動画へのリンクも出てくる。作りこまれているので、読者も自分なりに情報を整理し、考察する謎解き気分が味わえる。ネットの怖い話やファウンド・フッテージを思わせる形式だが、その恐怖は洗練されており、音楽への知見や愛も感じられ、著者らしく仕上げられている。2021年のネビュラ賞ショートストーリー部門、2022年のユージイ・フォスター短編賞、2022年のヒューゴー賞およびローカス賞のショートストーリー部門を受賞した話題作。過去には東京創元社の文芸誌『紙魚の手帖』2022年12月号にも掲載されている。

 本書の原題はLost Places(失った場所)。邦題『いつかどこかにあった場所』は、まるで本当に起こった話かのように、世界観とそこで生きる住民たちを各話で丹念に描き出した著者への賛辞であるだろう。

■書誌情報
『いつかどこかにあった場所』
著者:サラ・ピンスカー
翻訳:市田泉
価格:3,300円
発売日:2025年10月27日
出版社:竹書房

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「書評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる