書店員が“末恐ろしい”と評した新人作家とは? 「動」と「静」を描く対照的なデビュー作2選

書店員が“末恐ろしい”と評した新人作家とは

 渋谷センター街の入り口にある大盛堂書店で書店員を務める山本亮が、今注目の新人作家の作品をおすすめする連載。2020年ラストである今回は、蝉谷めぐ実『化け者心中』と八木詠美『空芯手帳』を取り上げる。両名ともこれがデビュー作。「動」と「静」、それぞれを描き対照的な作品だという2作品を紹介する。(編集部)

連載第1回:『熊本くんの本棚』『結婚の奴』
連載第2回:『犬のかたちをしているもの』『タイガー理髪店心中』『箱とキツネと、パイナップル』
連載第3回:『金木犀とメテオラ』
連載第4回:『人を心から愛したことがないのだと気づいてしまっても』
連載第5回:『クロス』『ただしくないひと、桜井さん』
連載第6回:『またね家族』『処女のまま死ぬやつなんていない、みんな世の中にやられちまうからな』
連載第7回:『明け方の若者たち』
連載第8回:『インビジブル』
連載第9回:『人鳥クインテット』
連載第10回:『海をあげる』

 今回紹介するのは、蝉谷めぐ実のデビュー作『化け者心中』だ。時代小説で数多く刊行されている歌舞伎物をミステリー仕立てにして、こだわりのある読者も思わず唸ってしまう作品となっている。

 まず、登場人物の設定が良い。19世紀前半江戸文政期に稀にみる女形として名を馳せ、不慮の事故で両足を切断し引退した魚之助と、当時趣味として珍重された鳴き声の良い鳥を育てるのが上手い鳥屋の若旦那・藤九郎。顧客として付き合いのあった2人が、コンビを組み事件を解決していく様が面白い。クールで時に人を人と思わない言動と行動をする魚之助、心優しく仕事柄生けるものに対して手厚い藤九郎の性根が入り混じり、世相と人間たちが魅力的に現れる。

 2人は魚之助がかつて舞台に上がっていた中村座座元からの依頼で、夜間に行われた脚本の読み合わせ中にある役者が、「鬼」に首を切られ殺されたという事件に対することになる。事件に関わりのある立役(主役級)から脇役、端役の役者や裏方たち。互いの嫉妬や自信に包まれた姿が、暗闇からぼんやりと、時には眩しく光を当てられて浮かび上がっていくのだが、それを見る2人の異なる姿勢も相まって本当に飽きない。

 そして女形という両性の狭間に生きる魚之助の想い、いったんは去った舞台に対しての未練と意地が、物語を引き締める。さらにそんな魚之助をはじめとする、役者という“複雑な生き物”に対しての藤九郎の想いが折々に挟まれる。

その欲望だとか嫉妬だとかが、なぜだか俺の心の深いところにずんと刺さる。その黒い心玉は醜いのに俺は一寸の間だけ、その人をぎゅうと抱きしめてやりたくなるんです。そんなこと思っちまう俺も、鬼なんでしょうか。そもそも、鬼と人との境目ってえのはどこにあるんですか。そんなら、男と女の境目は ......

 江戸という時代、歌舞伎の華やかな表舞台と影が交差し、作者の仕掛ける様々な人間の「動」が生き生きと描かれ、これがデビュー作とはと末恐ろしくなるほどの作品だった。 

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