カツセマサヒコ『明け方の若者たち』は“立ち上がり続ける敗者”の物語

書店員による「注目の新人作家」第7回

 渋谷センター街の入り口にある大盛堂書店で書店員を務める山本亮が、今注目の新人作家の作品をおすすめする連載。第7回である今回は、ライターとして活躍するカツセマサヒコの初小説となる『明け方の若者たち』を取り上げる。(編集部)

連載第1回:『熊本くんの本棚』『結婚の奴』
連載第2回:『犬のかたちをしているもの』『タイガー理髪店心中』『箱とキツネと、パイナップル』
連載第3回:『金木犀とメテオラ』
連載第4回:『人を心から愛したことがないのだと気づいてしまっても』
連載第5回:『クロス』『ただしくないひと、桜井さん』
連載第6回:『またね家族』『処女のまま死ぬやつなんていない、みんな世の中にやられちまうからな』

 編集・ウェブライターとして印象的な文章を書き活躍する、カツセマサヒコの『明け方の若者たち』が売れている。

 店頭でも20代を中心とした若い人が手に取り、大事そうに抱えてレジに向かうのを見かける。筆者も残り少なくなった棚からその本を手にとってみると、深い青色の夜空と三日月とビルのシルエットが映し出された表紙がとても綺麗だ。帯コメントに目を向けると、『春、死なん』の著者・紗倉まな、女優・安達祐実、クリープハイプのボーカル・尾崎世界観などからの推薦文が掲載されている。これだけの才能ある人達が推すカツセの初小説。一体どんなものだろうか、ワクワクしながらページを開いた。

 物語は、2012年5月の明大前(京王井の頭線沿線の駅。下北沢・吉祥寺の繁華街とは少し違った、なかなか絶妙な場所だ)の沖縄料理屋から始まる。就職先が決まった大学生のコンパ。主人公も第一志望は逃したものの、大手の印刷会社に内定が決まっている「勝ち組」の一人だ。

妥協だらけだった人生に、もう一つ妥協を押し込んだ瞬間だった。そのときから生まれた小さな違和感を“後悔”と呼ぶことに気付くまで、大して時間はかからなかった。

 コンパで知り合った〈先天的な愛嬌〉があり、〈要するに完全に僕の好きなタイプ〉の女性から届いた、〈「私と飲んだ方が、楽しいかもよ笑?」〉というメールから飲み会を抜け出す。それを境に主人公の人生に、魔法がかかっていく。

 缶ハイボールを片手に公園でする他愛もない話。下北沢で観た演劇。ちょっとした小旅行。高円寺での半同棲の生活……。甘くけだるい恋愛を、なぞり確かめながら反芻するような筆致に、何とも言えない共感が溢れ、さらに主人公と彼女の息の合った会話が高揚感を生み出す。

 しかし、永遠に続いていくかのように思われた関係も、ある事情から暗転していく。それは、待ち構えた、逃れることのできない運命のように描かれる。

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