名物書店員がすすめる「“今”注目の新人作家」第2回:『犬のかたちをしているもの』『タイガー理髪店心中』『箱とキツネと、パイナップル』

名物書店員がすすめる「“今”注目の新人作家」第2回:『犬のかたちをしているもの』『タイガー理髪店心中』『箱とキツネと、パイナップル』

 渋谷センター街の入り口にある大盛堂書店で書店員を務める山本亮が、今注目の新人作家の作品をおすすめする連載。第2回である今回は、共同生活を営む人間同士の関係を描いた3作品を紹介している。いずれも2020年になってから発売された新刊である。(編集部)

連載第1回:『熊本くんの本棚』『結婚の奴』

幸せになりたいのにままならぬ人々を描く『犬のかたちをしているもの』

 自分の考えていることを直球で他人にぶつけることができれば、どんなにか楽だろうし、ストレスなく暮らしていけるだろう。でも遠慮なくぶつけられた相手は、時には(いや、大部分)傷つくだろうし不快にもなることを、日常を通して誰でもが分かっている。

 昨年「すばる文学賞」を受賞した高瀬隼子『犬のかたちをしているもの』(集英社)に登場する人々を見て欲しい。深い好意を持ちながら半同棲を続け、もうすぐ三十代を迎える主人公・薫と郁也。薫は過去に受けた手術と自身の気持ちを理由に郁也とのセックスから離れているが、二人は波風を立てることなく生活を送っている。だが、郁也と関係を持ち妊娠をしたと告げる彼の学生時代の友人・ミナシロの登場で、物語は急展開していく。ミナシロは子供が嫌いで、やがて産まれる子供を薫と郁也に託そうとする……。

 この三人をはじめ、この作品に登場する人達は本当に正直だ。相手の心を気遣い労わろうとしながらも、正直すぎて相手の心を傷つけてしまう。そして一方はその傷を悟られまいとする。登場人物たちの心と身体から滲む切実さが胸に迫ってくる。幸せになりたいのにままならぬ虚しさと葛藤。その隙間からこぼれ出す光に目を逸らすことが出来ない。ある迷いの時期の断面を描くこの物語は、150ページに満たない短い作品だが、読み終えたとき、登場人物たちの影が自分にも落ちていることに読者は気付くはずだ。

何層にも積み重ねられた描写が見事な『タイガー理髪店心中』

 第四回林芙美子賞を受賞した小暮夕紀子『タイガー理髪店心中』(朝日新聞出版)は、二組の老夫婦を描いた作品だ。流行らない理髪店を営む八十代の夫婦と、食堂を営む七十代女性と九十代男性の夫婦。前者は男性が店主として頑固に店を守りながらも、現実と想像が区別のつかない妻との日々を右往左往し、後者では妻が百歳を目前とした夫の世話をしている。どちらも独立した別々の作品だが、お客や過去に出会った様々な人間を通じて、二組の夫婦のこれまでの来し方が浮かび上がっていく。

 あやふやな言葉、はたしてこれでいいのだろうかという自問自答。それぞれの夫婦が背中合わせに絡み、物語に緊張感が漂う。そして突然訪れる感情の破裂ーー。薄々は感じてはいたが、それでも思いもよらなかった過去の出来事。何層にも積み重ねられた描写は、見事の一言に尽きる。

 どれだけの長い時間を共に過ごしていても、思ってもみない、分からないことが、相手から立ち現れてくることがある。自らも老いながら、それらを受けとめる登場人物たちの懐の深さに作品のコクが滲んでいるように見える。終末を迎えながらでも、人間は新たな発見ができるという気付きこそ、この作品の本当の価値ではないだろうか。

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