男性と女性、善人と悪人……差異の境界は曖昧なもの 山下紘加『クロス』、滝田愛美『ただしくないひと、桜井さん』評

男性と女性、善人と悪人……差異の境界は曖昧なもの 山下紘加『クロス』、滝田愛美『ただしくないひと、桜井さん』評

 渋谷センター街の入り口にある大盛堂書店で書店員を務める山本亮が、今注目の新人作家の作品をおすすめする連載。第5回である今回は、生活の中に潜む差異の境界を丁寧に紡ぎだした、山下紘加『クロス』と滝田愛美『ただしくないひと、桜井さん』の2作を取り上げる。(編集部)

連載第1回:『熊本くんの本棚』『結婚の奴』
連載第2回:『犬のかたちをしているもの』『タイガー理髪店心中』『箱とキツネと、パイナップル』
連載第3回:『金木犀とメテオラ』
連載第4回:『人を心から愛したことがないのだと気づいてしまっても』

 ジェンダーレスに以前より比較的寛容になった言われる現代でも、性別で人を区別したり、また性格を安易に判断されることは普通に行われていて、それによって窮屈な思いをしたり、自分が普段持っている感覚を相手がねじ曲げて解釈してしまうこともあると思う。そうなってしまうとやはり悲劇だし、受け入れる受け入られる以前にお互いのコミュニケーションの扉が、眼の前で閉められてしまうのは残念なことだろう。

 男性が女性の着るような装い(あやふやな定義ではあるけれど)をしたら周囲はどういった反応をするのだろう。その様を描く山下紘加『クロス』は、ある少年の逃れられない性と暗闇を描いた著者の力作『ドール』から5年、今年4月に刊行された第2作目だ。

 警備会社に勤務する28歳男性の主人公・市村は、表面上妻と平穏な生活を送っているが、浮気相手の愛未の持ち物を通じて女性装に目覚め、新たな衣装を身にまとい自身の顔に化粧を施していく。その様子はこれまで男性として生きて今まで感じていた息苦しさから解き放たれたようにも見えるが、ただ女性装をすることで内面と外見が一致していく訳ではない。

性は固定されたものではなく、はっきりと反転するものでもなく、常に揺らぎ続けるものだった。

自分のこととはいえ受け入れがたい事実を、その緩やかな傾斜を、大切にしたいと思えるようになったのだ。

 性別や外見だけでの区別を拒むことを無意識に市村自身が表しているようにも感じられる。そして市村は新たな服を着て、様々な人と出会う。妻や愛未、同僚の男達、また「マナ」と名前を変えて同じ境遇の人々と話し、ある男に抱かれる。その間も逃れられない「男」として基盤が見え隠れしているが、そこで愛未の家でくすねて履き続けるストッキングの存在が浮かび上がる。

 自宅や勤務中、外で身に着け時折触り確かめ、寄る辺のない自分のお守りであったそのストッキングによって、女性装をすることが単なる好奇心からではなく正直な感情に根ざした行為へと変化していくのが読み取れる。生活を送る中で決定的に心が満たされるわけではないが、不満足でもない。それでも手探りをしながら生きていくことで、「どちらとも区別されない」世界が広がり、見えないが存在する隔たれた壁を静かに取り払う力がこの小説には確かにあるように感じられた。

 R-18文学賞読者賞を受賞した4年前の連作短編集であるデビュー作が、今年4月に文庫化された滝田愛美の『ただしくないひと、桜井さん』も紹介したい。

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